十三話 Mr.X
目が覚めたら見知らぬ天井。という件はこれで二回目。
実は意外に使うフレーズなのかもしれない。
背中の感覚は何か柔らかいものが当たっている。そう、これはまるでベットの上のようだ。体を起こし、少し背中を伸ばす。
しかし、先程までゾンビの集団と戦っていて、それでそこで気を失った。
……ということは、
「死んだのか?」
「死んでないよぉ」
声のした方向を向けば、そこには一人の男が立っていた。全身黒い服に黒いホンブルグ・ハットを被り、右目には黒い眼帯。左目は高貴さと妖しさを両立したような紫色をしている。
その口調は優しく聞こえる。が、しかしどこか不気味さを感じる。そんな印象を抱く。
「お前は誰だ?」
「そうだなぁ。ここは、Mr.Xとでも名乗っておこうかぁ」
一見隙だらけに見えるようだが、隙など全く無い。この雰囲気はどこか師匠と似たようなものを感じる。
それに、今の体では精々歩くことが限界だろう。
「何でここにいるんだ?」
「カーカッカカ。随分と熱心だねぇ。目的は一つ、君と接触するためだよぉ」
胡散臭い言い方ではあるが、嘘を吐いているような雰囲気はなさそうである。かと言って、それが本当かどうかはまた別である。
取り敢えず、こちらに対して悪意を向けているとか、そういう類ではなさそうだ。
「そうか。あのゾンビはお前の仕業なのか?」
「それはちがうなぁ。もし、犯人が俺だったら、君のことを見殺しにしてるよぉ」
確かに言われてみればそうだ。もし、この男が犯人ならば、俺を助けるようなことはしないし、今この街で起きている殺人事件の犯人ならば、ここで口封じのために殺すだろう。
殺すタイミングなんていくらでもあるのにこうして話しているということは、この男は事件とは無関係なのかもしれない。
「ちなみにぃ、君達が探している犯人なら知ってるよぉ。冒険者になって薬草採取の依頼を受ければ何か見つかるかもねぇ」
凄く怪しい。怪しい、がそれでも手掛かりの候補の一つとして考えてもいいのかもしれない。
実際の所、ゾンビ以外の情報を掴むことは出来なかったし、もうすでに手詰まりの所ではある。
罠の可能性は捨てきれないが、多分ないだろう。多分。
「まぁ、それは置いといて。君はこちら側に来るべき人間だ。俺ら所に来ないかぁ。手厚く歓迎するよぉ」
「そんな怪しい所に行くわけねぇだろ」
「そうかぁ。残念だなぁ。そろそろ時間だ。仲間の所に返してあげるよぉ。じゃあな」
男がそう言うと、いつの間にか床にはゾンビの死体が転がっている。
それは、紛れもなく気絶する前にいた場所で、そこには贈り物で貰った剣が落ちてあった。
その剣を拾い、鞘の中にしまう。
そして、その動作の途中で気が付いたのだが、いつの間にか体にあった痛みは消えていた。それに先程まで死にそうな体力が全快している。
これもあの男がやってくれたのだろうか。
しかし、やはり問題になるのはアスラとクリスタの二人だ。途中でどっかに消えてしまってそこからまだ会えていない。
さっきの男の口ぶり的に何処かにはいるのだろうけど、これだけ広い地下水道で二人を探すのはかなり骨が折れる。
一旦、来た道を戻ろうと後ろを振り返れば、足音が二つ、聞こえてきた。
ぺちゃ、ぺちゃ、という音ではないので、少なくともゾンビの音ではなさそうだ。
そして、視界に入ったのは二人の少女。
「アスラとクリスタか」
「無事だったのですね。ヴァイス様。てっきり、ゾンビに喰われてしまったのかと」
「――――うっ!」
実際にそうなりかけていたので、否定することも出来ず、ただ自分のメンタルにダメージが入る。
アスラの方は心配してくれているのは分かるが、クリスタの方は相変わらず無表情で何を考えているのかは全く分からない。
「そっちは大丈夫だったのか?」
「はい。この通り無事です。何かあったのか、と言えばありましたが、その報告は一度ペルフィド様と合流してから説明しようかと」
「そっか。クリスタの方は?」
「……」
少しの合間を開けて、首を縦に振る。これは何事もなかったということで捉えていいのだろうか。
何かがあったような間の開け方だったが、普段からこんな感じなので疑うにも疑えない。
まあ、多分、何もなかったのだろう。そう考えよう。
「ヴァイス様。そんなにクリスタの顔を見つめてどうしたんですか? 何か付いているのですか?」
「あ、え、あ、いや、ただボーッとしてただけだ」
危ない。見惚れていたなんて言えるわけがない。
先程までゾンビを見てきたからか、クリスタの顔を見ると何かほっとするというか、目の保養になるというか。
しかし、いつ見てもクリスタは可愛い。もしクリスタが笑ったら、多分、俺は耐えれずに死ぬかもしれない。それ程に可愛い。
「えっと、それじゃあ、合流地点に行こうか」
***
地下水道の更に地下にある空間。そこに全身黒い服に黒いホンブルグ・ハットを被った男と、暗めの紺色の服を着た男が話していた。
「それで、ヴァイスとは接触出来たのか?」
「あぁ、もちろんだよぉ。あの少年、中々に面白いねぇ。あれは強くなるよぉ」
黒服の男はコーヒーの入ったマグカップを手にし、ソファーに座りながら飲んでいた。
その香りはほのかで甘く、部屋に広がっていた。
一方、緋色の服の男は何かの道具をいじっていた。丸い形状をしているが、至る所に不規則な繋ぎ目があり、所々に凹凸が見られる。
「はっ。当たり前だ」
「それでぇ、今回の目的は何だったんだぁい?」
それは誰もが当然思うことだ。もし、ヴァイスと接触するだけだったら、わざわざこんな場所で接触しなくてもいいし、それに接触して様子を見るだけなんてことをしても意味が無い。
そんなことは当然、当の本人も分かっているだけで、あえて隠していたのだろうと容易にわかる。
「誰が何の目的を持っているか。それを一斉に確認するためだ」
「なるほどねぇ。確かに厄介そうな奴が紛れてたねぇ」
その目的ならば納得がいく。複数の人物を集め、誰が何の目的を持っているのか、それは今後の活動にも影響が出るわけで、極めて合理的な確認方法だ。
一か所に集めれば、見逃す事も少なくなるし、何より時間が短縮できる。
「ああ、そうだな。しかし、あの名もなき英雄の死体は何処から拾ったんだろうな」
「確かに不思議だねぇ。あの死体はとうの昔に焼かれて灰になっているからねぇ」
名もなき英雄の死体は灰になった。それは誰もが知っていることで、言っていることも正しい。しかし、灰から死体に戻す技術なんて聞いたこともなければ、そもそもその灰をどこから入手したのかも疑問に思う。
「まあ、何にせよ。次に向けての準備はよろしくな」
「全く人使いが荒いなぁ」




