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におい王、覚醒

 ――匂いだけで、好きな子の“今日”がわかるなんて、そんなのズルいよ。

 Scene:朝、昇降口前の空間は“早矢のにおい”

 靴箱の前、いつもより少し早めに登校した凌は、しゃがみ込んである行動を取っていた。


「……おはようって言う前に、知っておきたくてさ」


 目の前にあるのは、早矢の外靴。

 昨夜の雨のせいか、少し湿っていて――

 鼻を近づけると、独特の“早矢の生活”が香ってきた。


(……あ、昨日は雨だから、靴底ちょっと泥のにおいが残ってる)

(湿気と、ちょっと乾いた汗と……でも柔軟剤は使ってないな)

(てことは、昨日も風呂入らず寝て、朝練走ってそのまま履いたな――)


「……ふっ。読めた」


 完全に探偵の顔で頷いたところで、背後から声が飛んだ。


「お前、何やってんの?」


「うぉっ!?」


 振り返ると、スラックスの裾からふくらはぎまでうっすら汗ばんだ早矢が、

 バチバチに冷たい目でこちらを見ていた。


「……他人の靴の匂い嗅ぐのって、普通じゃないよね?」


「いやこれは違うんだって!科学だよ!観察、分析、実験!」


「それ、変態って言うんだよ」




 Scene:部室前ベンチ/“におい考察”第二ラウンド

 朝練後。

 早矢が汗を拭きながら制服に着替えようとしていたそのとき――


「早矢、そのシャツの袖、貸して」


「は?」


「ちょっとでいい。俺、匂いで“今日の調子”わかる気がする」


「……ほんと、犬みたいになってきたな、お前」


 とは言いつつ、早矢は呆れ顔で腕を伸ばす。


 凌はそっと、シャツの袖口に顔を近づけた。


「……うん。ちょっと酸味が強め。代謝高いな今日は。あと、脇汗が普段より左寄り……フォーム崩れてるんじゃない?」


「マジかよ……感心したくないけど、ちょっと当たってるのがムカつく」


「ふふん。におい王、参上」


「変態王の間違いだろ」






 Scene:放課後、下駄箱前の“シューズの告白”

 帰り際、もう一つの“においチェックポイント”。


 早矢の練習用シューズがラックに戻されている。

 その横に、こっそりしゃがみこむ凌。


「……ふむ。芝生の匂いと汗、そして……ミネラル感のある泥。今日のラスト、坂ダッシュか」


 思わず口元がゆるむ。


(俺、もうたぶん……“早矢の1日”を、匂いだけで追える)


 そこへ、三ツ石真帆が音もなく背後に現れた。


「……ねえ、それ、誰の靴?」


「ぅわっ!?ち、違う、これはその、匂いで戦況を読む戦士の――」


「へぇ、変態くん、ついに靴フェチに進化したの?」


「真帆~~!今のは違うんだって~~!!」


「ふふ。あんた、においで恋愛してるでしょ」


「ぐはぁっ……!」


 早矢のシューズを抱えたまま、崩れ落ちる凌。

 その姿はまさに、フェロモンで倒されたにおい戦士だった。






「匂い」なんて、目に見えない。


 だけど――


 誰かを好きになる気持ちって、たぶん最初は

 そんな“目に見えないもの”から始まるのかもしれない。


 今日もまた、風の中に混じる“におい”に、

 滝川凌は振り向いてしまう。


 それが、好きな人のものかもしれないから――





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