コタロウの寝息、ゆずのしっぽ
全身が軋む。脚が言うことをきかない。
汗で冷えたシャツの感触が、肌にじわりと貼りついている。
コーチにしごかれた午後。
坂ダッシュ、腕立て、補強メニュー。
立ち上がれないほどの疲労に、
夕食も摂らず、早矢はベッドに沈みこんだ。
その夜、夢の中――
懐かしい草の匂い、やわらかな風。
どこかで見たことのある草原を、
一匹の老犬が歩いていた。
「……コタロウ?」
後ろ脚はもう弱く、前脚だけで、地面をゆっくりかいている。
でも、その姿には何か確かな意志があった。
「まだ……歩くの?」
老犬は、早矢に背を向けたまま、言った。
『おまえ、走ったんだろ。今日も。限界まで。』
「うん。正直、倒れるかと思った」
『でもさ――走るんだろ? 明日も』
「……たぶん、うん。だって……止まれないから」
コタロウはゆっくり振り返った。
濁った瞳の奥に、微笑むような光が揺れる。
『昔さ……覚えてるか?』
早矢の視界に、別の情景がにじむ。
夢の草原の奥で、ひとつの記憶が静かに広がっていく。
*
あの朝も、まだ空が青くなる前だった。
玄関には、眠そうに丸まるコタロウ。
起こすのはやめた。でも――
「今日も、行くかもしれないからね」
そう言って、いつも通りにハーネスをつけて、靴を履かせて。
それが早矢の役目だった。
眠ったままのコタロウをそっと撫で、
早矢はひとり、外に出た。
坂のあるあの道も、踏切の横のカーブも、
全部、コタロウと歩いた場所。
「今日は、あたしが見てくるね」
そう呟いて、重い脚で走り出したあの朝――
コタロウは、家の窓から、
静かに早矢を見送っていた。
*
夢の草原に戻る。
老犬のコタロウは、もう一度うなずいた。
『おまえ、変わらないな。
誰かの分まで走るクセ、ずっと持ってる』
早矢は目を伏せたまま、笑った。
「ううん……今は、自分のために走りたいの。
でも、自分の中には……あんたも、いるから」
コタロウは、何も言わずに前を向いた。
『なら、いいさ。俺は安心して寝てられる』
「寝てていいよ。
でも、たまには夢に出てきてね」
草原の風が吹く。
目が覚めた時、
早矢の脚はまだ痛んでいた。
でも、呼吸は不思議と軽かった。
窓の外で朝が始まる。
そして今日も、脚の奥がうずいている。
「おはよう、コタロウ。
今日は、あたしが先に行くね」
玄関では、今の相棒――
柴犬のゆずが、しっぽを振りながら待っていた。
※この物語は、実際に私が暮らす犬たちとの日々から着想を得て、
ChatGPTの支援を受けながら表現したフィクションです。
思春期の揺らぎと、命の温もりが、誰かの心にも届きますように。




