チョークと摩耗と、わたしの想像力が削れない理由
理科の授業中。
堀内熊先生がホワイトボードに台風の渦を描きながら、ふと手元のチョークを取り替えた。
その瞬間、真帆がぽつりと呟く。
「……あの先生の持ってるチョークって、何センチなのかな」
すぐ隣で筆記中だった澪が、間髪入れずに応える。
「64ミリ。学校で使ってるやつはだいたいその規格。2本で13センチちょっと。つまり凌の“13.6センチ”発言は、チョーク2本分。」
「えっ、即答……」
だが澪は講釈を止めない。いや、むしろこれが本番だった。
「素材は炭酸カルシウム系で、粒子が重くて粉が飛ばない。
表面にコーティング加工がされてて手も汚れにくいし、
書き味も滑らかで、長時間使っても疲れにくい。
摩耗が少ないから、石膏製に比べて2倍以上長持ちする設計。
教育現場でも好まれる、いわば“人体と室内環境にやさしいチョーク”。」
「……」
その瞬間、真帆の動きが止まる。
「摩耗が少ない……2倍以上、長持ち……」
パチン、と脳内で何かがはじけた。
両目が見開かれ、机の上で震える手がチョークを2本掴み取る。
「ちょ、真帆……?」
誰かの制止も聞かず、真帆はそれを縦に並べる。
続けて横に並べて太さを比べる。
ついには指先で、表面のなめらかさを何度も撫でる。
「摩耗しにくいってことは……摩擦が穏やかってことで……」
「……つまり、滑らか……で、優しくて……それでいて、長くて……」
「ちがう、ちがうわ、これは妄想じゃない……これは理科。これは物理よ……!」
真帆、顔を真っ赤にしながら、震える手でチョークを愛でる。
「これが……人体にやさしい設計ってことなの……ね……」
「真帆、それただのチョークだよ!!!」
早矢の全力のツッコミも、彼女の耳には届かない。
その姿は、まるで――
粉は飛ばず、でも妄想だけが猛威を振るう“変態才女の静かな嵐”。
教室の隅、そんな真帆を静かに見つめていた凌が、ぽつりと呟いた。
「……俺も、摩耗しにくい男になりたい……」
「黙れ13.6」
全員のツッコミが見事にハモった。




