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13.6の男、再来。

 理科の授業中――教室の空気はおだやかで、ホワイトボードには「台風と気圧」の単元が進行中。堀内熊先生がチョークを握りしめ、熱心に気圧配置を描いていた。


「台風の勢力は中心気圧と風速で決まります。たとえば、中心気圧が950ミリバールで風速40メートルを超えると──」


 そこまではよかった。


 だが次の瞬間、教室後方から不穏な声が漏れた。


「俺のバール、13.6センチ。」


 空気がピシリと割れる。前触れもなく訪れた変態的低気圧。

 振り向くまでもなく、それが滝川凌の声であることを全員が察した。


「また始まったわね……」

 真帆が眉をひそめ、教科書の間からひそかに深呼吸をした。


 その横で、早矢はページをめくりながら呟いた。


「いや、それ……むしろ虚弱では?」


 すかさず、黒縁メガネの少女が教室の隅から立ち上がる。


「13.6ミリバールだろ。」


 東雲澪。通称“JIS澪”。

 道具に工業規格を与える女。バールの守護者。数値ツッコミの申し子である。


「えっ、ミリバール? それって……」

 真帆がそっと補足する。


「ちなみに、13.6ミリバール=1013hPaの1.3%くらい。つまり、めちゃくちゃ弱い低気圧。」


 凌、無言。


 一瞬、彼の魂が小笠原諸島のはるか沖に吹き飛んだようだった。


 しかし早矢が、さらりとナイフのように言う。


「つまり“きのこの山レベル男子”ってことね。」


「ちょっと、たけのこの里でしょ。あれでも勝ってる時あるし」

 真帆が追い打ちをかける。


 そこへJIS澪が、静かに黒光りする定規を机に置いた。


「いや、超極低頭ボルトレベルで。」


 ざわめく教室。何人かが思わず「それ何!?」と問いかけるが、答えはない。とりあえず、工業部品の中でも一二を争う、貧弱そうな名前である。


 沈黙。破壊的な精密さで告げられた敗北宣言。

 凌の目に光が失われる。


「やめて……それが……一番刺さる……」


 彼は机に突っ伏し、静かに窓の外の青空を見つめた。

 その青は、まるで“偏西風に運ばれて消えていく男”の色をしていた。


(あとがき)

 ※超極低頭ボルトとは:極限まで頭を薄くした精密機器用ボルト。存在感を極力なくすために設計されたネジである。

 人間に例えれば「一歩引いた控えめ男子」だが、この場合は物理的にも精神的にも風に飛ばされそうな少年を表している。



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