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響き轟け、我等の鼓動

 夏の夕暮れ。

 蝉の声が、遠くからかすかに聞こえる。

 部活を終えた三人の少女たちは、それぞれの家で、ベッドに身をあずけながら、汗とともに心に残ったものを静かに見つめていた。


 早矢(陸上部)


 シーツに背中がくっつくたび、Tシャツの汗がじわっと冷たくなる。

 早矢は、まだ着替える気力もなく、部活帰りのままベッドに倒れ込んでいた。


 ふと見上げた天井には、うっすらと夕焼け色の光が反射している。

 そのオレンジ色に目を細めながら、今日のラストスパートの場面を思い出した。


 ――自己ベスト、更新。

 けど、その隣で走ってた仲間の記録が、自分より少し上だったことが頭から離れない。


「響き轟け 我等の鼓動」

 部室のロッカールームの柱の影に、誰かが鉛筆でそっと書いたその言葉が、また浮かんでくる。


 汗でべたついた手を、胸の上に置いてみる。

 ドクン、ドクン。 まだ跳ねるようなリズムが、手のひらに伝わる。


 ――このにおい、この音。全部、生きてる証。


 目を閉じると、明日の練習メニューがぼんやり浮かんだ。

「……あたし、ほんとバカだな」

 そうつぶやいて、小さく笑った。


 東雲 澪(剣道部)


 竹刀袋を部屋の隅に立てかけて、澪は布団に潜り込んだ。

 剣道具を外したあとも、手にはまだあの感触が残っている。

 グリップのざらつき。握りしめたときの微かな震え。


 負けた。

 今日の練習試合、ほんのわずかの差で一本を奪われた。

 あの瞬間の音が、まだ耳にこびりついている。


「響き轟け 我等の鼓動」

 部室で着替えたとき、ロッカー裏に見えた鉛筆の走り書き。

 消えかけたその文字が、なぜか今夜はやけに胸に響く。


 ふと、自分の手を鼻先に近づける。

 汗と布と、竹のすえたような匂い。

 ――臭い。でもこれ、今日も全力で戦ったってことだ。


「まだまだ、全然だな」

 小さくつぶやいて、天井をにらむ。

 強くなりたい。

 勝ちたい。

 そう思えたこと自体が、今の自分に必要だったのかもしれない。


 三ツ石真帆(吹奏楽部)


 冷房のきいた部屋の中で、真帆はベッドに寝転がりながら、タオルで額の汗をぬぐっていた。

 唇には、マウスピースの跡がまだ残っていて、ひりひりと痛む。


「フレーズが甘い」

「リズムが走ってる」

 今日の練習で指揮者に言われた言葉が、何度も頭をよぎる。


 楽譜を開かなくても、もう旋律は自然と口をついて出る。

 それだけ練習した。でも、まだ届かない。


「響き轟け 我等の鼓動」

 更衣室のロッカーの横、鏡に映る柱の陰で見つけた、あの小さな、端正な文字。

 まるで音符みたいに、リズムを刻むような字体だった。


 ――わたしたちの音、ちゃんと届くのかな。


 でも、信じていたい。

 自分の吹いた音が、誰かの胸を少しでも震わせるなら、それはきっと意味がある。


「明日は、もっといい音を出そう」

 真帆は、吹きすぎて乾いた唇をそっと閉じた。


 三人は、それぞれの場所で横たわりながら、同じ言葉を胸に思い浮かべていた。


「響き轟け 我等の鼓動」


 それは、誰かがそっと残した落書きかもしれない。

 でも今は、それぞれの汗と、鼓動と、想いを繋げてくれる大切な言葉になっていた。


 彼女たちの鼓動は、まだ小さくても――

 いつかきっと、重なりあって、大きな響きになる。

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