思春期少年のバール、ミルミルノビール@セイリョクマシマシ日本縦断
「台風の勢力は、中心気圧と風速で決まります。例えば、950ミリバール※で風速40メートルを超えると――」
理科の授業中。堀内熊先生がホワイトボードに円を描きながら、地学的には真面目な話をしていた。
その静けさの中、教室の後ろから小さな声が漏れる。その隣で、凌が目を細め、なにやら神妙にうなずいていた。
「……俺のバールも、ちゃんと成長してる」
「また始まった」
真帆が眉をひそめる。だが凌は止まらない。
「てかさ、最近ほんとミリじゃ済まないんだよ。13.6センチ。大型で」
「……え?」
「中心、めっちゃ低気圧」
そのタイミングで、早矢が教科書を読みながら、無意識に口を挟む。
「それ、むしろ虚弱では?」
そのツッコミに、凌が理科的には正しい知識で返す。
「いや、気圧が低いほど、強い台風なんだよね」
「ちょ、待って待って待って」
真帆の声がひっくり返る。
その後ろで、澪がボールペンのカチカチを止め、ぽつりと呟く。
「……そして、海上でセイリョクを落とすのか」
「うわあああああ!!!」
真帆が机をバンと叩いて立ち上がる。
「その“セイリョク”ってどっち!?台風!?それとも男子中学生的なやつ!?なんで理科の授業がこんなに濃いのよ!」
凌が追い打ちをかける。
「昨日測ったときは13.3だった。今朝、また伸びてた気がして……」
「だから何を!? 測定報告いらないから!!」
そのときだった。
澪がスッと立ち上がり、無言で理科準備室へ向かう。
戸棚をゴソゴソと漁る音のあと、彼女の声が響いた。
「……じゃあ、0.1ミリまで測れる測量用定規、持ってきてやるよ」
「え、な、何それ!?ほんとにあるの!?」
「ある。カーボンスチール製・反射防止加工・エッチング仕上げ。最小目盛は0.1mm。名前は……黒閃スケールMk-II」
「名前つけてんの!?道具に!?」
澪は定規を持って戻り、カチンと音を立てて机に置いた。
光を吸い込むような黒い金属に、細かすぎる目盛りが刻まれている。
「……出せ」
「出すって何を!?今ここで!?理科の授業中だよ!?」
「誤差出たら、つぶす」
「“つぶす”って何を!?その目、完全にバール持ってる人のやつじゃん!」
さらにそのとき。澪がふと準備室を振り返り、再び何かを探し始める。
「せっかくだから、光センサー測定器も使おう。±0.01mmの精度。動くなよ。データが乱れる」
「乱れる以前に俺の精神が乱れてるから!!」
澪が持ってきたのは、赤外線の測距装置。センサーがピカッと光る。
「早く。誤差が消えるまで測る」
その空気に呑まれかけたとき、真帆がぼそっとつぶやいた。
「……ねえ、ここって工業高校だっけ?」
「ちがうよね!?普通の公立中だよね!?なんでこの機材あるの!?」
早矢が半笑いでツッコむ。
澪は騒ぎに一切ブレることなく定規を持ち、凌の顔にじわりと近づく。
「つべこべ言ってると、私の炭素鋼平バールで、おまえの台風の目をぶっつぶすぞ」
凌は、震えながら叫んだ。
「やだ……!俺まだ、太平洋に砕け散りたくない……!!」
※ミリバールってなんですか?
ミリバール(mb) は、気圧を表す単位。
今では「ヘクトパスカル(hPa)」が使われていて、
実は 1ミリバール=1ヘクトパスカル。つまり単位が変わっただけで、数字は同じ。
……ということを知ってる人は、たぶん中学校時代に消費税が3%だった世代です(泣いていい)。
「ミリバールって習ったよな~」とか「天気図に書いてあった!」って人は同世代確定。
ちなみに、気圧が低いほど台風は強いというのが理科的ポイント。
凌のバールが「950ミリバール」とか言ってたら、それはもう猛烈な勢力ってことです。はい。




