震える芯に、声が届いた ~陸上部臨時コーチ桐谷獅真×佐々木早矢 魂の疾走~④
「佐々木、立て。お前はそんなもんじゃないだろう」
背後から飛んできたその声に、
背中の奥――肺のさらに奥深く、
いつも忘れていた場所が、そっと揺れた。
この感覚。
知ってる。
遠い昔、停電した夜。
わたしは母の手を握りながら、
暗闇の中で帰ってこない父を、ただじっと待っていた。
「だいじょうぶ。早矢が、守るからね」
そう言って震えていたのは、母じゃなく、わたしのほうだった。
――あの夜から、わたしは“守る側”になった。
涙は見せない。
怖くないふりをする。
強くなきゃいけない。
誰かに頼ってはいけない。
でも今。
桐谷コーチのその声が、
わたしの肩に、そっと手を置いたような気がして。
その瞬間、わたしは少しだけ、“守られる側”に戻っていた。
それは、あまりにも――
父に似た声だった。
最後の1本。
足はもう限界だった。
でも、走った。
頭は真っ白で、心も空っぽで、
ただ身体だけが、あの声に応えようとしていた。
走り終わったあと、地面に膝をついたわたしに、
桐谷コーチは、静かに言った。
「……よくやった。お前は、強いな」
その一言に、
胸の奥の、鍵をかけた引き出しが開いた。
“お前は、強いな”
その声が、まるで父の声のように聞こえた瞬間、
抑えていた何かが、決壊した。
(……ああ、ずっと、言ってほしかった)
震える肩。
歯を噛み締めても止まらない呼吸。
涙が、こぼれた。
いや、こぼれたなんてやわらかいものじゃない。
溢れた。噴き出した。
わたしは――
声をあげて、泣いた。
泣きながら思った。
ずっと、強くならなきゃって思ってた。
でも、誰かに認めてほしくて、
誰かの声に、すがりたかっただけだったんだ。
しばらくして、顔を上げると、空が滲んでいた。
もう夏の終わりだ。
風が少しだけ、秋の匂いを運んできた。
わたしは、ゆっくりと立ち上がった。
一度、壊れて、
崩れて、
痛みの中で自分を見失い、もがき、
そこからまた、何かをつかんではい上がる。
魂のスクラップビルドで、わたしは、またひとつ、強くなっていた。




