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夜、それぞれのベッドで

 滝川凌 side

 布団に入ったのは23時ちょい前。

 いつもなら1分で落ちるはずなのに、今日はまったく眠れない。


(……やばい、また思い出した)


 俺の拳が、早矢の腹に沈んでいったあの瞬間。


 皮膚の温度。

 その奥の、びくりと反応する筋肉の震え。

 そして、かすかに揺れた、彼女の喉。


(……あれって、ただのトレーニングだったんだよな?)


 でも、今まで感じたことのない“やわらかさ”が、確かにあった。


 筋肉の奥に、もっと別の“なにか”があったような――


(てか、ヤバい……)


 寝返りを打つたびに、布団の中で“ある場所”が自己主張を始める。


(まさか……また?)


 とりあえず毛布をぐるぐるに巻いて、目を閉じる。


 そして――そのまま、眠りに落ちた。




 ◇ 


 夢の中。


 マットの上に、早矢が横たわっている。

 犬のへそ天みたいに無防備にシャツをめくって腹筋を見せながら、静かに言った。


「凌。……踏んで」


「……え?」


「私の腹筋、もっと鍛えたい。……だから、立って」


 促されるまま、俺は早矢の腹の上に立った。


 ぐらり、と足元が揺れる。


「ちょ、バランスが――!」


 滑った。


 そのまま倒れ込んで、顔が早矢の胸元へ――


「……っ、近っ!」


 鼻先をくすぐったのは、汗のにおいと柔らかい何かの感触。

 そのまま、唇が……




 ――ぱちっ!


 目を覚ました。


 そして、次の瞬間。


(うわっ……!)


 布団の中で、明らかな違和感。


 冷たく湿った感触。

 そして、そこから漂う、独特の甘酸っぱいにおい。


(……まただ)


 でも、もう“慌てる”より、“呆れる”が勝った。


「……俺、終わってんな」


 自嘲気味に呟きながら、手のひらに残るぬめりを拭った。


 それでも、どこかで――

「あの時の拳が、あいつに何かを伝えた」って思えたことが、

 少しだけ、救いだった。






 佐々木早矢 side

 夜、風呂に入るタイミングを逃して、そのままベッドに潜り込んだ。


 脚が重い。

 腹筋にじんわり残る、あの拳の感触が、まだ消えない。


(……なんか、変な感じ)


 父にもやってもらったことは何度もある。

 でも、凌に押されたあの瞬間だけは、少し違った。


 あったかくて、ゆっくりで――

 優しかった。


 自分でも驚くくらい、ずっとその感覚を思い出していた。




 気づけば、うとうとしていた。


 夢の中で、もう一度あのマットの上に立っていた。

 そして、自分から言っていた。


「もっと……強くなりたい。凌、踏んで」


 凌が戸惑いながらも、腹の上に立つ。


 ぐらっ、と揺れて、バランスを崩し、倒れ――


 唇が、触れそうになる。


 その瞬間。


「……っ!」


 目が覚めた。




 冷たい空気と、自分の汗のにおい。


 お風呂に入ってなかったから、汗がにじんで、どこか酸っぱいような、自分の匂いがした。


 でも、それを不快に思うどころか、こう思った。


(……これも、生きてる証、か)




 心拍数がまだ落ち着かない。


 でも、今日の拳の記憶が――

 不思議と、自分の“強さ”を支えてくれている気がした。

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