番外編:ある日屋上で 熊さんに出会った
炎天下、真夏の屋上。
体感温度40度オーバー。
照り返すコンクリ。錆びた柵。その錆びた柵の穴から蜂がこんにちは。
そんな環境の中で――全体合奏。
“バァァァーーーン!”
金管の音が天に響いたその刹那――
\ ゴォォォォォォ!!!!! /
指導の声が、それをすべてかき消した。
「おまえらァァァ!!今のは“ティッティ・タァァン!”じゃなくて“タァァッ・タァァァン!”じゃああああああ!!!」
その咆哮は空を裂き、町内全域に響き渡った。
顧問:堀内先生(理科)
見た目は完全に熊。
いや、むしろ熊が人間の皮をかぶってる説。
常にタオルを首に巻き、
指揮棒はもはや魔法の杖と化していた。
「水分!?飲んだら吹けん!!
飲みたかったら、腹筋10回してからやァ!!」
『戦う文化部、真帆は吠える』
夏。灼熱地獄。
坂町中央商店街夏祭りパレード。
照り返す漆黒のアスファルトは溶鉱炉、そして部員は──70人。
その最前線に、真帆はいた。
手にするのは銀色の武器――トランペット。
「音量ッ!重心ッ!音の立ち上がりが遅いッッ!!!」
遠くで顧問・堀内熊が怒鳴っている。
その声は金管の合奏をすべてねじ伏せるほど高らかだった。
でも、誰一人として泣かない。
なぜなら――吹奏楽部は“戦う文化部”だから。
「文化部ってさ〜、楽そうでいいよね」
そう言った誰かの言葉が、今も真帆の中に刺さっている。
“楽”だって?
毎朝7時に集合して、夕方ギリギリまで練習して、
土日は大会でつぶれて、雨の日も屋上で吹いて。
唇は割れ、肺は焼かれ、腕は日焼けで真っ赤。
部室の中は金属と汗と皮脂とスライドグリスの匂いで充満していて、
部活で揃えたTシャツには「音楽の残り香」が染み込んでいる。
「文化部は戦わない? 甘い。
私たちは、今日も音で殴り合ってる。」
スライドを構えるトロンボーンの子たち。
眼前、パレードの最前列。
いつものように突っ込みすぎて、スライドが前方のパトカーに──
「ガンッ!」
「あっ……す、すみませんっ!!」
警察官が振り返り、トランシーバーに何か言おうとしている。
「ちょ、やめて!!それだけは!!不審者登録とかやめてくださいッ!!」
後方ではサックス組が笑いをこらえながら必死に演奏している。
早矢(観客)「あのトロンボーンの子、パトカーにスライド当ててる……。勇者か?」
澪「文化部って、もっと優雅なイメージだった……」
凌(遠くから)「いや、匂いでわかる……あの現場、戦場のにおいがする……」
その日のパレードが終わった後。
真帆はひとり、ピストンに油をさしながらつぶやく。
「音楽はさ、見えないじゃん。形もない。
でも、見えないからこそ、全力でぶつけなきゃ伝わらないんだよ。」
トランペットのベルが、西日を浴びて静かに光る。
「文化部?なめんなよ。」
この音で、私は世界と戦う。
吹奏楽部・部長。三ツ石真帆。
戦う文化部の、誇り。
『マウスピースと地獄の重量級』
放課後、パレード練習後の部室。
部員たちは汗まみれで片づけ中。
真帆はトランペットを丁寧に拭きながら、
その横に、使用済みのマウスピースを置いた。
凌「……あれが……マウスピース……」
早矢「お前、何その目。興味津々っていうか、完全に“におい王”モード入ってるじゃん」
凌「いや、違う!ただ!その、なんかこう……音楽の匂いって、気になって……!」
そろーりと手を伸ばす凌。
つまみ上げたそのマウスピースを、
思わず鼻に近づけ――
\ ガシィ!! /
その手をがっしり掴んだのは、副部長の近藤先輩(体重100kg・チューバ担当)。まるでチューバがチューバを抱きかかえているような絵面に、凌は腰を抜かす。
近藤「……文化部なめんなよ、におい王」
凌「ひいッ!?ちょ、ちょっと!?何その圧……!」
近藤「それに興味あるなら、まずこれ担いでからにしな」
ドン!!
差し出されたのは、チューバ。
凌「……デカすぎて、“楽器”じゃなくて“設備”なんですが……」
近藤「いーから。持って歩いてみ?パレード中はこれ担ぎながら吹くから。
あと雨とか炎天下とかでやるから。戦う文化部だから。」
凌「え……えっ……ちょっと、マジで重――」
ずしっ!!!!!
一歩進む。
二歩目でフラつく。
三歩目で、倒れた。
\ ガッシャアアアアン /
真帆「ちょ、やめてぇぇええええええ!!チューバ倒すのマジでダメなやつゥゥ!!!」
早矢「何キロって言ってたっけ? 楽器の重さじゃなくて、罪の重さを知れ……」
澪「文化部、割と命がけだよね……」
近藤(チューバを救出しながら)「……マウスピースの匂い嗅ぐ前に、“音の重さ”を知れや、凌。」
その日、凌の腕はプルプル震え、
鼻はスースー、心はグラグラだった。
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文化部。
それは、筋トレ、根性、肺活量、そして、愛の総合競技である。
凌はもう、二度と軽い気持ちでマウスピースに手を出さないと誓った。




