特注「37炭素鋼平バール」とは
「え、澪先輩って、あれ竹刀じゃないんですか……?」
驚愕する凌の視線の先で、澪はいつものように道場の隅で静かに素振りを繰り返していた。
キィン。キィンッ。
風を切るたび、ほんのかすかに金属音がする。
「アレはね、炭素鋼製の特注品。“37炭素鋼平バール”。」
部長が呆れたように言う。「普通の女子中学生が使うものじゃないよ、あんなの」
竹刀規格「37」にちなんだ114cmの長さはそのままに、重さはなんと3.7キログラム。
竹のしなやかさなんてない。代わりに圧倒的な殺意と、前腕筋が育つだけ。
「小手打ち、されると骨ごと逝くって噂っすよ……」
「てか、重すぎて“打たなくても圧で勝てる”レベルじゃね?」
凌は、息を呑んだ。
そんなものを軽々と振るいながら、汗ひとつかかず、凛と立つ澪。
竹刀ではなく、“鍛錬具”という名の鈍器。
いや、これはもう――
「武器じゃん……」
その瞬間、澪がこちらをチラリと見る。
口元がほんのり上がる。
「……見たい?持ってみる?」
差し出された“37炭素鋼平バール”。
受け取った凌は、肘が抜けそうになった。
「ッッッ重ッッッ!!!」
腕をプルプルさせながら、ぎりぎりで持ちこたえる凌。
澪は満足げに頷いた。
「その重さが、私の“心の負荷”と比例してるの。毎日を鍛えてるんだよ、私は。」
――嗚呼。鋼鉄乙女は、竹刀の重さで人生を語る。
(嗅ぎたい、じゃなかった、抱かれたい)
凌の心が、ちょっとだけ傾いた瞬間だった。
凌の心が、ちょっとだけ傾いた――
いや、正直に言えば、抱かれたい、と思ってしまったその瞬間。
「……今、なんか言った?」
ぴくりと動いた澪の眉。
「あ、いや!いやいやいやいや、言ってない言ってない!“竹刀すごいっすね~”って感心してただけで……」
凌の言い訳は、最後まで言い終わらなかった。
「じゃあ、いいよ。」
その一言とともに、背後から澪の逞しい腕がするりと凌の首に巻きついた。
――まるで、筋肉でできたボア・コンストリクター。
「ッ、え、ちょ、え、ちょ、ちょっと、澪さ――!」
「“抱かれたい”んでしょ?遠慮すんなって。」
ぐぐっ……!
冗談じゃない強さで、澪の腕が締まる。
鉄パイプのような二の腕が、首に食い込む。
「ひぃぃぃぃぃぃいッ!! あ、謝罪します!ちがっ、比喩だったの、メタファーッ!!」
「へぇ、匂いマイスターにも、息ができないことあるんだねぇ」
真顔でとどめの一絞め。
数秒後――
床の上で脱力して転がる凌と、その隣に“37炭素鋼平バール”を構えたまま汗ひとつかいていない澪の姿があった。
遠くの空に、トンビがひと鳴きした。
■ 東雲 澪
「防具の中は、乙女の香り?筋肉の中に秘めたるは、必殺の絞め技!」
剣道部所属。“37炭素鋼平バール”での素振りを日課とする、
強くてカッコいいのに、実は恥じらい乙女なギャップモンスター。
道場では無双のサムライ。
だが、ひとたび防具を外せば、ピンクの小物を集めるロマンチスト。
においマイスター凌を変態認定し、竹刀で滅多打ちしたかと思えば、
「ちょっと気になったんだけど。私の匂い、どうだった?」と
爆弾発言をさらりと放つ天然爆裂ガール。
とどめは――
「抱かれたい」と心の声を漏らした凌に対し、
筋肉で絞め落とすという新時代の恋愛表現を披露。
「私の腕、ヘビだから。鋼鉄種だけどね。」
その笑顔に、今日も誰かが窒息する。




