ジャージの匂いと、俺の嗅覚変態伝説
あの朝練のあと、俺は妙な気持ちを抱えたまま帰宅した。
佐々木早矢。
あの鋼鉄女子が、芝生でうずくまってた。
普段なら誰にも頼らず黙って走り切るやつが、あんなふうに座り込んで……。
俺は、何かが込み上げるような気持ちで、腰に巻いてたジャージを外して、尻の下に敷いてやった。
……いや、それ自体はいい。別に。
問題は、帰ってからだった。
部屋に戻って、洗濯しようと思ってジャージを拾い上げた瞬間。
ふわっ。
匂いが、した。
汗と土と、風に晒された布の匂い。
その中に――明らかに“彼女の気配”が、混じってた。
(……マジか。これ、俺のジャージに、あいつの……)
指先が少し震えた。
そのくせ、鼻が勝手に布に近づいてた。
くん――とひと嗅ぎ。
一瞬で、あのときの芝生の冷たさがよみがえる。
彼女の腰に触れた、布越しのあたたかさまで。
(……あいつ、本当に人間だったんだな)
それが妙に、愛おしかった。
変な話だけどさ。
強くて、完璧に見えてたあいつが、痛がってて。
それを俺が少しでも助けられたと思うと……。
そりゃ、ジャージの匂いだって、残したくなるわけで。
俺はそのまま、ジャージを顔の近くに置いて、ベッドに寝転んだ。
気づけば、うとうとしてた。
布越しに残ってたあたたかさ、手のひらの感触、
うっすら残ってるあいつの息遣い――
それが脳内でぐるぐる混ざって、気がついたら、夢を見ていた。
芝生の上。
俺のジャージの上に、早矢がこっちを向いて、ぽつんと座ってる。
「……ありがとう、滝川」
「別に。お前が辛そうだったから……」
「……そっか」
早矢の口元が、少しだけ緩んだ。
その笑顔が、なんだか――
やたらと、やばかった。
次の瞬間。
風が吹いて、匂いが鼻先に届いた。
あいつの。あの、命の匂い。
(うわ、やば……これ、ヤバイ)
夢なのに、体の中がギン、と何かを主張してくる。
心臓も跳ねてるし、呼吸も浅くなってる。
そして――
気づいたら、俺は汗をかいて、変な寝相で目が覚めていた。
「あっ……」
下半身に、妙な湿り気。
……これ、まさか。
ジャージは、床に落ちていた。
けど、匂いだけは、まだほんのりと鼻に残っていた。
俺は、しばらく天井を見つめたまま動けなかった。
(……何やってんだ、俺)
恥ずかしい?そりゃそうだ。
でも、なんかもう、それだけじゃなかった。
俺の中の「犬みたいな嗅覚」が、彼女の匂いを記憶してた。
そして、それが俺の中の“何か”を揺らしたんだ。
強くて、鋼のようなあいつが、
弱ってて、でもちゃんと生きてて、
その証が、俺のジャージに残ってて――
それが、すごくリアルだった。
(……俺、たぶん、あの匂い、忘れられない)
人の匂いって、こんなに……心臓に残るもんなんだな。




