@男子更衣室ー臭いものこそfull openー
「おい、タオル貸せって!そっちの汗で濡れてるのやだ!」
「うるせーな、お前のも臭ぇよ!」
部活終わりの男子更衣室。
湿気と汗と洗剤と、足のにおいと、時々なぜかカップラーメンのような謎の香りが漂う混沌の空間。
凌はひとり、ロッカーの隅っこでTシャツを脱ぎながら、ぼんやりしていた。
(……女子更衣室って、今この時間、どんな匂いしてんだろ)
そんなことを考えてしまった自分に、そっと赤面。
誰にも聞かれてないと分かっていても、ちょっとだけ心の中で正座する。
(いやいやいや、ちがうちがう、別にやましい意味じゃなくて、研究というか観察というか……)
(ただ、こう、柔軟剤の匂いとか、せっけんとか……あと、体育会系女子特有の、汗と女の子の体温が混ざったような……)
「って、バカか俺はああああ!」
突然大声で自分を叱りつけてしまい、隣の部員に変な目で見られる。
「……どした?急に、なんか憑いた?」
「いや、なんでもない……暑さでちょっとな……」
タオルで乱暴に頭を拭きながら、目線はロッカーの中。
そこには汗の染みこんだ自分のユニフォーム、ジャージ、部活用Tシャツ。
それを見て、思わずうめく。
(なんだこの獣臭……人間辞めてないか俺)
それでも、ふと思う。
この汗も、この匂いも、あの早矢と一緒に走った証。
自分が彼女のために差し出したジャージ。
あの時、彼女のお尻に敷かれたジャージには──
(……早矢のにおい、まだ残ってるかもしれん)
ガサゴソ。
ロッカーからそっと取り出し、鼻先に当てた瞬間──
「おい、りょう!それ嗅ぐのかよ!?自分の!?変態か!!」
「ち、ちが……っ、これは……確認!ただの確認!」
爆笑が広がる。
他の男子たちはすぐ別の話題に移ったけど、凌の耳は真っ赤だった。
(やばい、まじで犬だ。俺、においに関して完全にフライングスタート&トップランナーだ……)
そして──
目を閉じたとき、ふと頭に浮かんだのは、あの早矢の声。
「お前、何がわかるんだよ」
腹を押し当てたときの、固くて、でもちょっとだけ震えていた彼女の腹筋の感触。
──今、着替えてるのかな。
──ブラ外す瞬間って、どんな顔してるんだろ。
──走ってきたあとの汗って、俺のよりも、しょっぱいのか、甘いのか……。
(だめだああああああ)
自分の中の“何か”がそろそろ目覚めかけていて、
凌は慌ててズボンをはいた。
「なあ、お前の靴下、左と右で色ちがくね?」
「え?……ちがう、これ、フェードかかってんの、オシャレ!」
(やばい、集中しろ俺!)
(俺の理性はもう、周回遅れだ……)
──汗と妄想とフェロモン。
そんな男子更衣室の片隅で、ひとり「匂いに恋する」思春期男子が、今日も戦っていた。