花粉にも負けた。黄砂にも負けた。ー変態犬、最大の天敵になすすべもなくー
「へっくしゅんっ!!」
突如として炸裂するクシャミ。顔をくしゃくしゃにしながら、滝川凌は部室のドアにもたれかかっていた。
「……お、おかしい……何も匂わない……!」
鼻を両手でふさぎながら、茫然と空を仰ぐ。目は赤く、鼻水は滝のよう。まるで“犬のくせに風邪ひいた柴犬”の様相。
そこへ早矢がやってくる。
「……おい、どうした。誰かの匂いでショック死でもしたか?」
「違う!ちがうんだ早矢!俺……俺、鼻が……鼻がきかない!!」
凌、叫ぶ。切実。地面に膝をつく勢い。
「いや、それ普通に“花粉症”ってやつじゃない?」
「俺の唯一の取り柄が……俺の鼻が……ポンコツに……!!」
凌、鼻をかむ。ブォンッと豪快な音。ティッシュが山のように積もっていく。
「何がポンコツよ、こっちは毎月腹がポンコツなんだけど?」
「でも俺、今日、早矢の“放課後のシューズの匂い分析”するの楽しみにしてたのに!」
「やめろ、やめてくれ、それ人前で言うな」
「早矢の汗の塩分濃度が春になってどう変わるかとか、気になってたのに……!くっそ、杉!杉のやつめぇぇ!!」
「お前の変態力は、もはや生物の教科書に載せたい」
早矢は呆れつつも、どこか笑っていた。
――いつもより少し安心してるのは、匂いからの妄想に怯えずに済むからかもしれない。
「とりあえずな、マスクしとけ。あと目薬さしとけ。で、あと……病院行け」
「うぅ……令和の犬、春のスギ花粉に敗れる……!」
「いや令和の犬、弱っ」
そんなこんなで、
この春、変態くんは一時的に“ただの男子中学生”に退化していた。