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夏、剣道場、そして彼女は“においの鬼神”だった

 Scene:その女、凛として剣を振るう


 ギン、と空が焼けていた。

 蝉の声さえ、熱に溶けかけていた夏の午後。

 用務員の手伝いで体育館に荷物を運んでいた凌は、剣道場の前を通りすがる。


「……ん?」


 バチィィン! と、気合と竹刀の激突音が空間を震わせる。

 その音に導かれるように、彼はそっと戸の隙間から中をのぞく――


「やっ!」「めぇんッ!!」


 汗に濡れた黒髪が揺れる。

 重い防具を纏った女子が、男子相手に一歩も引かず打ち合っていた。


 バシィン!


「一本ッ!」


 その瞬間、面を外した彼女の顔が露わになる。


「あ……」


 鋭い眼光。流れる汗。少し荒い呼吸。

 その全てが、剣の似合う“武士の顔”だった。


「名前、なんていうんだ……あの子……」




 それが、滝川凌と、剣道部エース・東雲澪しののめ・みおとの出会いだった。



 ---


 Scene:誘惑の残り香、剣道場再び


 夕方、部活動も終わり、生徒たちが校舎から引き上げる。

 剣道部も防具を干し、道場を掃き清め、完全撤収。


 そして、誰もいなくなった道場に――


「……来ちまった……」


 忍び足で現れる一人の男。もちろん、滝川凌である。


「ちょっとだけ、確認……いや、観察だよな。そう、研究。俺の嗅覚スキルの強化に必要な……」


 言い訳を脳内に並べながら、彼は澪の置き忘れた小手を手に取る。


「…………!!」


 鼻先を打ち抜いた、“強烈な一撃”。


 革の汗染み、熱に蒸れた布地、そしてその奥から立ち昇る、戦い抜いた少女の“気配”。


「これが……命のにおい……!」


 鼻孔を通じて五感が痺れる。鼓動が上がる。


「こ、小手でこれなら……まさか……!」


 胴。


 まだ湿っている内側。汗が染み、身体の熱が残っている。

 凌はそっと、いや、がっつり鼻を押し当てた。


「くっ……この湿度、温度、濃度ッ……!滅びの香気ッ……!」


 もうやめとけ、と理性が警報を鳴らす。

 でも本能は、次を求めていた。


 垂。


 下腹部を守る、いちばん“個人的な”防具。


「嗅がせてください、先輩……!!」


 深く、鼻を埋め――


「……ねえ、なにしてんの?」




 背筋が凍った。


 振り向くと、そこには剣道着姿の澪。


「ご、ごめんなさい!これはその、違っ――」


「ふふふ……なるほど。そんなに嗅ぎたかったんだ……」


 口調は柔らかい。でも目が怖い。


「……じゃあ、嗅げば?」


 ポン、と澪が面を差し出す。


「えっ」


「嗅ぎたいんでしょ?これが、一番……濃いよ」


「え、いや、それはちょっと、その……」


「……“逃がさない”」


 ブンッ!


 強制装着。凌の頭に被せた面を、面紐で縛り付けて頭に固定する。



 ドガァアアアアアアアアッ!!!


 次の瞬間、凌の嗅覚センサーが限界突破。


 濃密な籠り臭、呼吸の残り香、汗と唾液と命のミスト。


「ぎゃぼぉおおおおおおおおお!!!」


 顔面崩壊。鼻、爆死。


「嗅覚暴走ッッ!!!」




 道場に転がり悶絶する凌を見下ろし、澪は小さく笑った。


「……変態だけど、面白いね、あんた」


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