腹筋と“うっかり”と、恋の圧力
放課後、体育館裏のマットの上。
凌は黙々と腹筋を繰り返していた。
「いっち、に……くっ……しっ……」
顔が真っ赤。汗は全開。
息を切らしながら腹を丸めていると――
「……それ、効いてる?」
突然、背後から声がかかった。
「うぉっ!? びっくりした……」
振り返ると、タオルを肩に掛けた早矢が立っていた。
走ったあとらしく、頬は赤く上気している。
「なんかこう、負荷が甘い気がするけど。そんなので割れるの?」
「お前な……だったら、押してみるか?」
「いいの? 遠慮なくいくけど」
早矢はニヤリと笑うと、しゃがみ込み、そっと凌の腹に手を添えた。
「じゃあ、いくよ……」
ギュッと押し込まれる腹。
「うっ……うぐっ……っつ、いい圧だ……!」
凌は顔をしかめながらも、必死に腹筋を上げ――
その瞬間。
ぷっ
――小さく、どこかコミカルな“空気の抜ける音”が、マットの上に響いた。
……沈黙。
凌、動けない。
早矢も、目線をそらして唇を引き結ぶ。
「……いまの、たぶんマットが……」
「うん。……うん。たぶん……ね」
ぎこちない空気。
だが――
「……でも、私の押し方、良かったんだよね?」
「うん……効いた……いろんな意味で……」
赤くなったまま、凌は小さくうなずいた。
そのあとの練習、二人は目を合わせないまま、なぜか腹筋だけはやけに捗ったという。
青春には、
「言わない優しさ」ってものが、あるのだ。