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マウスピースと犬の鼻 ~鋼鉄女子VS音楽少女のフェロモン対決~
「凌、どっちが好み?」
そう言って、三ツ石真帆が差し出してきたのは、金属の小さなパーツ。
彼女がトランペットの練習で使っていた、吹きたてのマウスピースだった。
「……吹いた直後……だよな?」
「うん。さっきまで、口つけてた」
口の形、唇のぬくもり、呼気の湿度。
鼻先に近づけると、そこには独特の香りがあった。
金属のひんやりした匂いの奥に、リップと唾液が溶け合った甘さがある。
(やばい……これも、いい……)
そのとき、ドアが開いて、佐々木早矢が入ってきた。
「……匂いで浮気とは、最低だな、犬」
「ち、違う!これはその!」
「マウスピースとマスク、どっちがいいの?」
真帆の挑発的な視線。
「お前は私の腹筋に拳を入れたくせに……」
早矢の冷ややかな声。
教室に流れる火花。俺の嗅覚センサーは限界を超えた。
(どっちも良すぎて選べない!!)
その晩。俺の夢に、マスク姿の早矢と、トランペットを吹く真帆が交互に登場。
匂いが交錯し、気づけば俺は布団の中で、
「また……やっちまった……」
命の匂い。フェロモンの渦。
「これが……青春ってやつか……?」