保健体育で知る、俺たちの“性徴”
春の午後。4限目の保健体育は、教室での座学だった。
テーマは――「思春期の心と身体の変化」。
最初にその言葉を聞いたとき、クラス全体がどこかざわついた。
けど先生は、落ち着いた声で続ける。
「男子は“射精”や“夢精”といった変化が起こります。女子は“月経”が始まる人もいます。これはすべて、第二次性徴という、大人になるための自然な現象です」
俺はペンを握ったまま、ふと教科書のページに目を落とした。
そこには、男女の身体の構造の違いが、図解でしっかり描かれていた。
胸、骨盤、筋肉、そして――俺たちが普段、何となく触れないでいる場所のことまで。
一気に頭が熱くなった。
(……あの日のこと、思い出すじゃん……)
布越しに伝わってきた、早矢の体温。
押し込んだ腹筋の奥に感じた、弾力と熱。
そして――目覚めたときの、あの湿った感触。
俺は、顔を伏せたままページをめくる。
だけど、目はその図から離れなかった。
(……女子って、腹の奥に、こんなふうに器官があるんだ)
何気なく押した俺の拳は――
もしかして、すげえ“近く”まで触れてたんじゃないか。
となりの席。
佐々木早矢は、教科書を開いたまま静かにページを見つめていた。
いつものように背筋を伸ばして、表情も変えない。
けど、たぶんあいつも――このページを、何か特別な気持ちで見てるはずだ。
(……あいつだって、変わってるんだ)
身体の成長。変化。
俺とは違う速度で、大人になっていくあいつ。
昨日、芝生の上でしゃがみこんでいたあの姿が、頭をよぎる。
「冷えて、ちょっとお腹が痛いかも……」
あのとき、俺は何も聞けなかった。
聞いちゃいけない気がしたし――
たぶん、本当に何も、わかってなかった。
けど今は、ほんの少しだけ、その“わからなさ”を知った気がする。
俺の中にある“思春期”と、
あいつの中で始まってる“思春期”は――
まったく同じじゃない。
でも、どっちも「変化」なんだってこと。
黒板に書かれた「第二次性徴」の文字を見ながら、
俺はそっと、自分の拳を握りしめた。
(あのときの感触……あれは、きっと……)
命の、匂い。
生きているってことの、証。
そして――
(あいつに触れたってことが、俺の中にも、何かを残してる)
ページの隅で、図の中の腹筋のあたりに視線が留まった。
そこに、かすかに早矢の輪郭が重なって見えた。