決戦前夜
そして、セリスの方から手紙が来て決戦の日が示される。そこに加えて組織に関する最新の情報を得る。
それに基づいて、俺達は最終調整へと入る。組織がどれほどの力を有し、どのくらいの敵がいるのか……セリス達が完璧に調べられたかはわからない。だが、最悪の想定を含め色々と考慮はできた。
決戦前に敵の実情をある程度理解できたのは良かった。もしこれがなければ最後まで不安がつきまとい続けていたかもしれない。
ストレスで体調を崩すとかはないにしても、霧に包まれたような中で鍛錬を続けても成果は上がらなかっただろう。だが今の俺はイーデによる考察とジャノによる指導。その二つによって、可能な限り強くなることができた。
そして、
「――敵の戦略については、決戦の場を確認してどう動くかを判断する必要があるでしょう」
イーデの部屋で、俺は説明を受ける――決戦前日の夜、俺は明朝ルディン領を出立することになる。
既にセリスもエイテルも動いている……決戦場の位置を踏まえると、俺は手にした力で移動すれば朝から移動しても間に合うため、本当に間際まで敵に見られないよう注意している。
「戦術面については、ミーシャ王女よい色々と助言を受けたようですが、どうでしたか?」
問い掛けに俺は彼へ視線を送りつつ、
「世界を滅ぼす力……そんなものがある戦場である以上、不測の事態はいくらでも出ると思うけど、戦術なんて知らなかった俺と比べれば、動けるようにはなっていると思う」
――ミーシャに戦術などについて話をしたら、彼女は講師を呼んで俺に勉強をさせた。といってもそれはあくまで通常の戦争に通用するもの。さすがに世界を滅ぼす力……単独で戦場を破壊できる力がある、という状況下では予定外なことはあるだろう。
しかし、戦術を学んだことは大きいと思う……俺と同時にジャノも学んでいるし、決戦においては俺が戦う間にジャノが戦場を確認し、情報を得続けるという形になるだろう。
「ジャノ、やってもらうことは多いが問題はないか?」
『うむ、頑張らせてもらおう』
そしてジャノは他にも仕事がある。増幅と蓄積……二つの技術を得たことで制御も非常に難しくなった。それでも修行を開始する前と比べれば扱える力の総量なども大きく増えたが、やはり限界がある。それに対し、ジャノも制御を手伝うことで、暴走してしまうような膨大な力も、きちんと制御できるようにする。
実戦で試すことができなかったため、決戦の際は最初探り探り力を引き出していくことになるとは思うが……俺はジャノの言葉に小さく頷いた。ここまで共に修行をしてきた。今はジャノを、心から信用しよう。
「やれるだけのことはやった……後は決戦で、暴れ回るだけだ」
「エルクさん、私は――」
「イーデはよくやってくれた。決戦が終わったらミーシャが迎えに来ると思う。それまでは、ルディン領で待っていてくれ」
彼は俺と視線を重ねた後、やがてこちらの言葉に従い頷いた。それで話は終了し、俺は自分の部屋へ戻る。
「今日はゆっくり休み、明日――決戦場へ向かう」
『うむ。早朝、日の出前に出発すれば間に合う』
「俺がきちんと力を発揮して移動できればの話だけど……ま、そこは問題ないか」
人に見咎められないようなルートは既に確認済み。ただまあ、組織の人間は決戦場に集結しているだろうし、今更ルディン領を観察している人間はいないだろう。人に見つからないようにするのは、最後まで見つからないように、油断をしないようにという考えのためだ。
「寝坊だけは避けないといけないからジャノ、頼むよ」
『うむ、起床時間が来れば我が起こそう』
うん、そういうやり方を今までしたことはないけど、これが一番確実……俺は眠る支度をして、明かりを消しベッドに入る。暗い部屋の中、天井を見つめながら俺は一つ呟いた。
「明日……全てが決まるんだよな」
『うむ、世界を滅ぼす力……それを巡る戦いは終わるだろう』
「なあジャノ、今の今まで戦いが終わった後のことはあまり言及しなかったが……俺が持っている力もまた、世界を滅ぼすものだ。もし戦いが勝利に終わったら、この力を手放すべきかな?」
『……組織の残党が残る可能性もある。さらに言えば、こうした力がまだどこかに眠っている危険性はある。現在のような力を所持し続ける必要性は薄いかもしれないが、かといって全てを手放すのもまずいな』
「そうか……なら、戦いが終わってもまだまだやることはありそうだな」
なら、俺は帝国のために今後も働くことになるだろう……辺境の領主としてどのくらいやれるかわからないが、可能な限り手は貸したい。
「ま、戦いの後のことはこのくらいにしよう……ジャノ、起きた瞬間から一時も気が抜けない一日になる。覚悟はいいな?」
『エルクは大丈夫か?』
「ああ、問題ないよ。力が増した今の俺なら不眠不休で十日くらいはなんとかなるし」
『戦争に介入するとなれば体の負担も相当だ。決戦のために気合いを入れるのはわかるが、体調は常に確認するべきだぞ』
「ああ、ありがとう」
――そんな風に会話をしつつ、決戦前の夜は穏やかに流れ、いつしか眠りに就いた。




