理想的な勝利を
俺は皇族へ情報取得をするべきでは、と手紙を用いて進言してみた……のだが、結果としてそこについてはこちらでやる、と返答が来た。
皇族としては俺の存在が露見する方がリスクがあると感じたらしい……勝手に動くわけにはいかないので、俺は返答を受けて引き下がる。
『皇族が情報収集を行うとのことであったため、ひとまず任せるとしよう』
ジャノは皇族の判断を尊重し、俺のさらなる修行を促す。
『イーデのことは皇女達も知っている。組織が行っている研究内容などが明瞭になれば、その情報が来るだろう』
「俺やジャノでは研究に関する情報を解明するのは難しいが、イーデがいるならいけると」
『うむ、それを期待し、我々はやるべきことをやろう――』
ジャノの言葉を受けて俺はひたすら修練を繰り返す――組織も動きはなく、決戦までは研究に専念する様子。
情報を何かしら得てくれれば……と俺は祈りつつ、着実に強くなっていく。一日、また一日と経過していき、決戦までに次第に時間がなくなっていく。
そうした中、セリスから手紙が届いた。それは皇族がミーシャと協力して手に入れた、組織の研究に関する情報。ミーシャの能力を活用し、ある程度の情報を得ることができたらしい。
俺はすぐさまそれをイーデに確認してもらう。彼は一通り目を通した後、
「……魔物化に関する研究を続け、どうやら人の姿を保ちながらその力を得ることに成功したようです」
「その力の度合いはどのくらいだ?」
「魔力量など、かなり詳細な情報を得ていますね……ミーシャ王女の力を利用し、組織に潜入したのでしょうか? ともあれ、現時点における組織の能力とエルクさんの能力について比較ができます」
「俺の魔力量とかは数値化できているのか?」
「はい、ジャノに協力してもらい色々と魔力を調査していました」
「……初耳なんだけど」
『別に話す必要はないだろう』
と、ジャノが言う。
『エルクならば調査については許可するだろうしな』
「それはそうなんだけど……いや、まあいいや。それで俺と組織……その現在地はどれくらいだ?」
「少々お待ちください」
イーデはメモ帳らしき物にペンを走らせる。俺はその光景を見ていると、
「……技術面などを考慮することはできませんが、魔力量など純粋な力だけならば、魔物化の技術は今のエルクさんに及ぶ物ではありません」
「どのくらいの差がある?」
「少なくとも五倍程度は」
「……そんなに?」
「増幅と蓄積、この二つの技術を得たことで、魔物化の研究に対し優位を得たみたいですね」
あくまで計算上の話ではあるが、俺が鍛錬してきたのは相当な意味があったらしい。
「ただし、魔物化については懸念もあります。エルクさんならば魔物化の力を得た人間に対し圧倒的かもしれませんが、それはあくまで単独の話」
「複数……それこそ、十人とか二十人とかいる場合は話が違ってくると」
「はい、エイテルが得た魔物化の能力は、他者に付与できますし数を増やすことは容易でしょう」
「五倍の差があっても人数差の問題で安心はできないと」
こっちはミーシャの協力があるとはいえ、俺と同等の能力を持つ人間を増やすことは難しいだろうし。
「量より質、という敵の状況を突破するなら、さらに鍛えるしかないが……」
「現段階でもエルクさんは発展途上です。さらに鍛錬を行えば差をつけることは十分できます。ただ、たった一人である以上、決戦の際に圧倒的な勝利を得るのは厳しいかもしれません」
「……ジャノ、どうする?」
『難しいが、可能な限り差を広げながら、戦術面に手を入れよう』
「戦術?」
聞き返すとジャノは説明を始める。
『決戦の際、敵がどういった動きを取るのかわからないが、それは魔物化という凶悪な力を利用した戦争であるのは間違いない』
「ああ、そうだな」
『ならば、敵の虚を衝くなど戦術面で優位に立つことができれば、数の差を埋めることはできるのではないか?』
「……かといって、俺一人でやれることはあるのか?」
『そこを今から考える……さすがに我も戦術や戦略についてはほとんど知識がない。皇女達からさらに情報を得つつ、どう立ち回るか……組織側の戦略を打ち崩せる手段があれば、あるいは……』
……難しい話だが、逆に言えばそれさえできれば俺や皇族が望む形での決着を行える可能性がある。
「……修行を続けながら考えるか。ミーシャに頼んで、戦術研究ができる本などを持ってきてもらおうか」
『さらに忙しくなるな』
「ここが踏ん張りどころだな……イーデはどうする?」
『敵の情報は得ました。そこから決戦までにどういった戦力を整えてくるか……ソレを推測しつつ、有効な道具などを作成していきましょう』
「わかった、助かるよ」
ひとまず方針は決まった――もう決戦までに時間は少ない。今やれるだけのことを進め、理想的な勝利を……心の中で呟きながら、俺達は話し合いを続けたのだった――




