次のフェイズ
修行の合間に俺は情報収集も行うのだが、少なくともルディン領周りで騒動が起きている気配はなく、魔物も発生していない。
一方で帝都の方は……ミーシャからも報告を聞いているのだが、こちらも平穏そのもの。口約束の取引であったが、エイテルの方もちゃんと守っているらしい。
セリス達については、組織側の拠点などを調べ上げ、おおよそ構成員についての詳細をつかみつつある……エイテルは決戦の際に幹部クラスの者達を集めた上で行動を起こすだろうと皇族は推測しており、最終決戦で文字通り全てが決まると考えてよさそうだった。
そして俺の方はひたすら修行を進める。イーデによって魔力を蓄積する道具については作成が早期に完了し、俺の方もジャノの指導を受け着実に成果を上げ始める……やがて増幅の技法について習得し、不安が強かった俺も修行の手応えを感じるようになった。
ただし、エイテルなどに見つかるわけにはいかないため実戦形式の訓練ができていない……おそらくここはぶっつけ本番になるだろう。技法そのものを学んだら、それがちゃんと決戦の際に機能するかどうか……ここは不安要素だが、以前の漠然とした不安と比べればまだマシかな、と俺は思う。
そして一ヶ月ほど経過した段階で想定以上に状況は改善し、増幅についても基礎的な部分は、そして蓄積が可能な道具についてもイーデが作成した。
「……実戦で試せないのは懸念ですが、修行内容を考えれば決戦の際、初めて全力を出しても問題ないと思います」
ある日の午後、俺はイーデの部屋を訪れ、状況について彼から話を聞く。
「ジャノはきちんと増幅の技術を扱えるよう指導していますし、残る課題としては増幅と蓄積、両方の技術を活用する場合ですね」
「そこはこれから試さないといけないな」
魔力を遮断した小屋の中で、検証すればいい……実戦ではないため限度はあるが、一ヶ月前と比べて精神的に余裕はあるし、なんとかなるだろうと今の俺は思っている。
「俺達の方は、技術をより研鑽していく……残る問題は俺達の力で決戦の際、大暴れできるのか、だけど」
『――組織の人間に手を出すことはできないが』
と、ジャノがここで話し始める。
『情報集めはやった方が良いかもしれんな。どれほど研究が進み、どれほどの力を得たかを知るべきかもしれん』
「……それ、密かにやるんだよな? できるかな?」
『皇女達と相談をすべきか……皇族の配下が情報集めをやろうとしても、おそらくエイテルは対策するだろう。現時点でエルクのことはバレていない以上、核心的な情報を得ることができるのはエルクだけかもしれん』
ふむ、情報か……ジャノの言う通り、相手のことを知るのは決戦に備えて重要なことはではある。
ただし、俺しかできないなら俺のことが露見するリスクもある……俺は少し悩んだ後、イーデへ話を向ける。
「何か手はあるか?」
「……エルクさんの能力で、気配を極限まで遮断できれば、見つからずに組織に入り込んで情報を得る、といったことが可能かもしれません。ただし、そうした活動をしていることを少しでも怪しまれれば、エイテルはたちまち契約違反だと主張して決戦になるかもしれません」
「やるにしても、相談は必要か……決戦になっても俺達は準備ができていると考えたら、セリス達の方で準備が整っているなら動くのも手ではあるけど」
「既に準備してあるため、バレても問題はないと」
「俺という存在が現時点ではまったくバレていないから、その事実を知られること自体はリスクになるけど」
「ふむ……エルクさんのことを秘匿するのを優先するか、情報取得を優先するかですね……ひとまず皇族の方々に相談してみては? 前者が重要であれば控えろと指示が出るでしょうし、後者が重要なら、調べてくれと依頼が来るでしょう」
「そうだな、ひとまず提案してみよう」
俺は手紙を書こうと決める。ただ中身を見られる危険性から、暗号的なものを用いての連絡だが。
暗号云々については事前に連絡が来ている。表面上の内容はルディン領内の当たり障りのない出来事を書くため、もし手紙を見られても問題はない。
「……仮に情報を得るために動くとして」
俺は頭の中で文面を考えつつ、イーデへ尋ねる。
「気配を極限まで隠す……という技法は、どの程度で習得できる?」
「私の見立てでは、数日以内には」
『我もそこは同意する』
「じゃあすぐに準備はできるな……よし、イーデは引き続き力に関する研究を。決戦に役立ちそうな何かを得たら、すぐに連絡してくれ」
「はい、わかりました」
俺はイーデの部屋を出る。そして手紙を書くために自室へと歩き出す。
修行は進み、決戦へ至るまでに次のフェイズへ突入した……セリス達は俺の提案にどういう反応を示すか……色々と想像しつつ、廊下を歩き続けた。




