初陣
岩山に足を踏み入れる段階となって、俺はどうにか『魔導脚』の扱いについて慣れてきた。
その間に俺は疲労も溜まったが……さすがにここまで来て後戻りするつもりもなく、足を強化しつつ山を進んでいく。登山などするような装備ではないが、魔物はどうやら山に入って少し先にいるようなので、問題はない。
ただ……俺はここで腰に差した剣を抜きつつ、ジャノに問い掛けた。
「……ここまで勢いで来て言うのもあれなんだが」
『どうした?』
「この剣で対処できるのか?」
俺が今握っているのは鉄製の剣だ。魔物には魔力を付与した武器や、魔法を使う必要があるのだが……。
『ああ、武器については問題ない』
しかしジャノは俺へ向け話す。
『剣に魔力をまとわすようなイメージで魔力を込めればいい』
言われるがまま、俺は刀身を取り巻くようなイメージを込めて魔力を剣へ流した。すると、想像通りに魔力が剣にまとわりついた。
『それであれば魔物を斬ることができるだろう。ただ、刀身の中に魔力を注げば武器が壊れるから注意しろ』
「……壊れるって、どんな風に?」
『おそらく刀身が粉々に砕け弾け飛ぶ』
普通に怖いんだけど。
『そう心配するな。では、進もうではないか』
「……わかった。ただ、もうそろそろだな」
俺は呟きつつ歩を進める。山に入ってから、俺にもジャノが言う魔物の気配を感じ取ることができていた。他にも魔物が山の中にはいるようだが、他と比べ明らかにその魔力が大きい。
で、ここで俺は一つ気付いた。魔物がどんな姿をしているのかについては、領主として勉強した知識や前世における漫画の知識で知っている。だが、魔力の大きさという点では魔物と相対したことがないため、わからない。
つまり今討伐しようとしている魔物がどの程度の強さなのか、上手くイメージできない。少なくとも山の中にいる他の魔物と比べれば明らかに大きいし、ジャノが感じ取れたということから普通の魔物とは違うのかもしれないが――
『近いぞ』
ジャノが言う。俺は小さく頷き、気配のする方へ足を向ける。
そして、俺は辿り着いた。そこはなだらかな上り坂。ゴロゴロとした石や岩しかない場所で、俺を見下ろす形で魔物がいた。
で、その魔物を見て俺は、
「……は?」
間抜けな声を上げていた。その見た目は、獅子。黒い体毛を持ち赤い瞳をやってきた俺へ向けている。
まあそこについては驚くには値しない……問題は、大きさ。普通の獅子などと比べる必要もない……あの、体長というか大きさが普通の獅子と比べて三倍くらいあるんだけど……。
直後、魔物が威嚇のためか雄叫びを上げた――オオオオオオオオオ! と、岩山に響かせるその声を受けて、俺は比喩でも何でもなく、口から魂が飛び出そうになった。
『ほう、存外大きいな』
そんな中、ジャノは悠長に声を上げ――俺は我に返り、叫んだ。
「いや、待て! ちょっと待て!? 何だあれ!?」
『何だと言われても、魔物だろう』
「そうじゃなくて! どう考えても普通の魔物じゃないだろ、あれ!」
『そうだな。我も山に入って気付いたのだが、この山に生息する他の魔物と比較しても、魔力量が大きい。それこそ、桁違いなどという表現すら生ぬるいほどに、な』
そこでオオオオオオオオ! と再び魔物が雄叫びを上げた。明らかに俺に対してのものであり、いつ何時襲い掛かってもおかしくない。
「いやいやいやいや、ムリムリムリムリ! どう考えても最初に戦う魔物じゃないだろ! あれ!」
『しかしここまで来てしまったのだ。やるしかあるまい。そもそも、逃げる余地は与えてくれなさそうだぞ』
――あ、魔物が前傾姿勢になった。間違いなくすぐにでも襲い掛かってくる。
『時間がないな。端的に言うぞ』
その中で、ジャノの声がした。
『先ほど剣に魔力を込めたように、両腕と剣に魔力が巻き付くような想像をしろ。そして全力で迎え撃て。魔物は確かに強大ではあるが、貴殿が持つ力を引き出せば、十分倒せる』
……それ、力を引き出せなければ死ぬってことじゃないか!?
問い掛けようとしたが、そんな暇はもうなかった。とうとう魔物が俺へ向け、突撃を開始したためだ。坂を駆け下りる形で突き進む魔物が俺の所まで到達するのはまさしく一瞬。踵を返す暇さえなく、俺はジャノに言われたように、両腕と剣に、魔力を限界まで込めた。
刹那、握りしめる剣から漆黒が溢れた。ジャノが持つ力が発露しているのだと理解しながら、剣を構え、上段から振り下ろす軌道で剣を振った。その時には魔物が眼前に迫っており、俺の攻撃など無視するかのように突っ込んでくる。
俺が放った剣と、魔物が激突する――剣が当たったのは頭部。普通ならば、例え日々魔物と戦う勇者でさえ、巨大な魔物の突撃を真正面から防ぐことは不可能だろう。
もしこの場に観客がいたとしたら、俺の斬撃は通用せず魔物の突撃を食らって吹き飛ばされる光景を想像しただろう――というか、突進を食らった時点で俺の体がバラバラになると予想してもおかしくない……想像するのも嫌だな、その光景。
ともあれ、攻防の結果はそんな想像とはかけ離れたものになった。俺の剣が魔物の頭部に当たった瞬間、剣先から突如漆黒が膨れ上がり、それが巨大な黒い刃となって魔物の体躯を駆け抜けた。
それは魔物の突撃が持っていた勢いを完全に殺すほどの圧倒的な力を持っており、一瞬の内に駆け抜けた刃によって、魔物は――綺麗に両断され、地面へ倒れ伏した。
そして、魔物は塵へと変じていく……魔力の塊である魔物は、倒せば塵のように消えていく。そうした光景は前世の漫画や知識で知っていたとはいえ、自分の目で初めて見る光景に半ば呆然となった。
「……倒した」
そしてぽつりと呟く。俺としては驚天動地の結果なのだが、どうやらジャノは違う様子だった。
『初陣にしては良かったのではないか? しかし、全力でこの結果か。やはりか』
何事か呟いた……のだが、
「ん、やはりって何だ?」
『貴殿が剣を振るうため魔力を引き出しているのを見て、確信した。貴殿が持っている力……つまり我が意思と共に封じられていた力は、貴殿の前世にあった漫画で所持していた我が力を比べれば、明らかに少ない』
「少ない……?」
『全力で剣を振ったことでこれだけの大きさと強さを持つ魔物を倒せたのは良い。だが、この力で世界を滅することができるかと言われると……どうだ?』
……うーん、確かにそう言われてしまうと。
『そして、理由も今し方明瞭となった』
「え、どういうことだ――」
問い返そうとした矢先、視界に何か動くものが目に入った。視線を向けると魔物が倒れていた場所に、小さな光が出現していた。
光の大きさは小さな虫くらいしかなく、それが空中を漂い俺へと近づいてくる……俺はなおも呆然とその行方を見守り……やがて、光が俺の体の中へと吸い込まれた。
その瞬間、体に異変が起きた。突如、何もしていないのに魔力が湧き上がってくる感覚。思わず体を強ばらせるほどであり、確実に自分の力が増した。
「これは……!?」
『遠距離からでも魔物を捕捉できた理由がこれで判明したな』
驚愕する間に、ジャノが告げる。
『この魔物は、我と同じ力を持っていた……というより、黒い水晶球に封じられていた力と、同質の力を利用して作られた存在だ。我は同質の力を遠距離でも感じ取ることができて、倒した魔物の捕捉ができた、ということだ』