忘れられた存在
そして十日後、とうとうジャノを封じた箱が空けられ――ということには、ならなかった。
ジャノは最初、忘れ去られたのかと思ったが、何かが違う――箱の中、暗闇の中でジャノは外部の状況を調べる必要だと考え、自身が制御する力を利用できないか考えた。
自我に加え、水晶球に存在する力を制御する能力があるジャノは、それを応用すれば外部の状況を探れるのでは、と考えた。
そこで試行錯誤した後、およそ三日ほどで箱の外に関する情報を得ることに成功した。
箱の外では、どうやら騒動が起きている――水晶球を作成した男性を含め、忙しなく動き回っている。
ジャノのことを構ってはいられないという風であり、ジャノは会話でも聞ければ詳細がわかるのだが――と、考えさらに外部の状況を探るべく、試行錯誤を始める。
幸いながらジャノが制御する水晶球の力は膨大であり、少々拝借しても使い切るような代物ではなかった。結果、ジャノは周辺の状況を会話含めて理解できるようになる――それが外の状況を確認し始めて、一ヶ月後のことだった。
「私はどうすればいい――」
「とにかく、この建物は破棄する必要が――」
「しかし、戦線は膠着しているらしい。ひとまず資料などは移動させているし、資材についても移動できるだけの時間が――」
ジャノは聞こえる会話の内容から、敵がこの建物の間近に迫っているのだと察した。ジャノが封じられた道具を量産するどころか、構っている余裕すらない。その中でジャノはどうすべきか考える。
おそらく魔力的な干渉を加えることで、この箱を誰かに開けさせることはできる。つまり、箱の外へ出たければジャノの意思でどうとでもなるはず。
だが一方で、ジャノは疑問に思った。水晶球に触れて力を与えたら、自分はどうなるのかと。
(検証が必要か)
問題は、検証なんてものが果たしてできるのか――だが、膨大な力を持つジャノはどうなるのかをおおよそ解明することができた。おそらくこれは、黒い水晶球を生み出した男性すらも把握していない事実――おおよそ力に触れた人間は、力と共にジャノの意思を取り込むことになる。
(ならば、力を通じて力を取り込んだ人間の意思を奪うことも可能か)
そう結論を出したが、そうまでして人間として活動したいかと言われると、ジャノとしては微妙だった。
(仮に意思を乗っ取ったとして、何を成す?)
ジャノはさらに疑問を抱く。自我を有してはいるが、所詮は道具に付随するもの。自身に願望などないし、人間の意思を奪ってまで何かを成そうという意思はない。
(力の所有者……その意識を乗っ取った場合は、周囲に誰かいればその人間にでも従うか。もし一人であるなら……目標探しくらいはしてもいいだろう)
ならば、世界を滅ぼしたいなどと願う存在に出会ったのであれば――ジャノはそれを実行するだろうと考えた。道具の自我である以上、人間が持つ倫理観など存在していない。
漆黒の箱の中に居続けるジャノは、次第にどうせ道具の自我なのだから、好きなように動こうなどと考え始める――時間は果てしなくある。膨大な力も傍らにある。その気になれば、自分自身が世界を滅ぼすことも――
そんな想像に至った時、とうとうジャノの箱が存在する場所が攻撃を受けた。大量に降り注ぐ魔法。既にジャノを作り出した男性は逃げ出しているが、それでもここを守ろうと抵抗する人間だっている。
けれどその抵抗によってなのか――敵の攻撃は苛烈さを極めた。攻撃を始めて以降、魔法が降り注がない日はなかったし、建物を守る者達は、日を追うごとに数を減らしていく。
だがそれでも、この場所を守る者達は激しく抵抗し――やがて敵は業を煮やしたか、大規模な魔法によってこの建物自体を徹底的に破壊した。
ジャノが封じられた箱もまた、その崩壊に巻き込まれる結果となる。相手もまた、世界を滅ぼし得る力による攻撃であり、建物がある地盤すらも壊れ、建物は崩れながら地面へと沈んでいく。
そしてジャノもまた、動けない中――建物と共に地面へと沈んでいった。
その後、建物は地中へと埋まり誰かの目に留まることもなくなった。ジャノは力を活用して周囲の状況を理解することはできたが、建物を破壊して以降敵は退散していったし、ジャノの作成者が関係していた者達も、姿を見ることはなかった。
そして数年も経てば、建物があった場所を訪れる存在もいなくなった。きっとこの建物にいた者達は一人残らず死んでしまったのだろう――ジャノはそういう見解を抱いた。そして仕方のないことなのだろう、とも感じた。
そこから途方もない年月が流れた。気付けばジャノを作成した種族は消え失せ、翼を持たない人間が世界を支配することとなった。
そういった状況を理解しつつ、ジャノはただ外に意識を向けながら――待ち続けた。だが果たして自分を手にする人間が現れるのか。世界が本当に終わるその時まで、箱の中に居続けるのでは。
そんな疑問も抱いたが、道具に付随した自我は狂うことすらなく――ただひたすら、その時が来るのをただひたすらに待ち続けた――




