自我の確立
――ジャノが自我を確立した場所は、とある研究室。部屋全体が白く、魔法の明かりによって照らされた室内は人間ならばまぶしいと感じられるほどだった。
「成功したようだ」
ジャノが封じられた黒い水晶球を前にして、声を発する男性がいた。白衣姿かつ、背には白い翼。後に古の種族と呼ばれるようになった存在であり、ジャノから見ても相当な力を持っていることがわかる。
「これで、実験はひとまず終了と……後は放置して魔力が露出しないことを確認するだけ、か」
男性は呟き、息をつく。その顔には疲労の色が窺えた。
その時、ガチャリと扉の開く音が。ジャノがそちらへ意識を向けると、
「ああ、ようやく終わったようね」
女性の声だった。男性と同様に白衣を着ており、こちらは疲労もなく表情はこの部屋のように明るい。
「実験は成功?」
「ひとまずは、だな。後は魔力が漏れ出ないのを確認する……期間は、十日ほどか」
「その間、観察するの?」
「いや、保管器に放置するだけだ……仕込んだ魔法により、この魔法道具には自我を付与した。その役目は、魔力の維持……上手くいけば、役割を果たしてくれるだろう」
――ジャノはそこで、自身の役割が水晶球に封じられた力の維持であることを理解する。
とはいえ、そんな役割を知らずとも、ジャノの意思は勝手に水晶球の力を外部に露出しないよう留めるだろう――ジャノはそこで、自身が無意識の内に水晶球に封じられた荒れ狂う力を抑え込んでいることに気付いた。
とはいえそれは疲労などを伴うことはない。ただそこに力があり、外に出ようとするそれをジャノの意思に関係なく水晶宮内に留めるべく動く。
これこそ、自分自身の役割――ジャノは自然とそれを受け入れ、また同時に生みの親であるらしい男性の言葉を聞く。
「十日間、魔力に変化がなければ道具が破損しない限り漏れることはない……そこで初めて、喝采を上げることができる」
「その時、ついに果たされるというわけか……永久の力。果てのない力の器を」
男性は女性の声に頷き、
「俺達の研究が報われる、というわけだ……さて、完成したわけだが報告は十日後だな」
「国がきちんと技術を認可したら、いよいよ量産態勢に入るということかしら?」
「ああ、国としてはすぐにでも動きたいはずだ……戦線の状況は、どうなっている?」
問い掛けにジャノはここで訝しんだ。戦線、という言葉は理解できる。どうやら自分は軍事的な価値を持つ何からしい。
「悪くなる一方よ。犠牲者も増え続けている」
「……相手もこのまま戦い続ければ種族そのものが滅びるとわかっているはずだが」
「だとしても、戦いを止めることはできないでしょう。相手も多数の犠牲が出ている。何らかの成果を得ない限り、彼らが矛を収めることはないでしょうね」
「……だからこそ、この道具か。突破口になるのか?」
「おそらくなると思うわよ。だってこの道具は、道具を介して同族に力を与えることができる……一兵卒に至るまで、道具により力が強化される。敵にとってこれ以上の脅威はないでしょうし」
ジャノは話を聞き、自身が宿る水晶球が、彼らと同族に力を与える物であると理解する。そして彼らはジャノのような道具が多数量産されることで、戦争に勝てると考えている。
それは事実なのかどうか――ジャノが疑問に思う間に、女性が一つ問い掛けた。
「ねえ、仮に道具が問題なく起動し、兵士に力が付与されるとして……残った水晶球はどうなるの?」
「これは使い捨ての道具だ。力が水晶球から肉体に渡った時点で役目は終わりだ。一応、道具に付与された自我については残る……と思うのだが」
「もしかしてそこは不確定?」
「試してみなければわからない……ふむ、報告の前に水晶球に付与した自我がどういう挙動をするか、確認をすべきか」
「まだ報告は先になりそうかしら」
「どうかな。そこまで気にするようなことでもないと思うが……まあ、まずは十日だ。その先の検証はきちんと魔力が漏れないか確認してからだ」
「そうね……さて、私も休もうかしら」
「そちらは何の用で来た?」
「進捗が気になっただけよ」
会話をしながら男性は水晶球を手に取り、何やら小さな箱のような物にジャノを入れた。蓋を閉じると箱の中は漆黒に包まれる。
ジャノは何も感じることなく、無感情で水晶球の魔力を抑え続ける――自我が生まれたとはいえ、所詮は道具に付随する存在。彼らが語ったように誰かに力を渡したら、消え去る程度の役目しかない。
感情もないジャノは、淡々とその事実を受け入れる――彼らは自分が会話を聞いていたことを理解しているのか。そんな疑問を抱いたが、尋ねることもできないため結局答えは出なかった。
よって、男性がいったようにまずは十日――待つことにする。それから自分はどうなるのか――思考できるジャノは色々と考えを巡らせながら、その時を待つことにした。




