古の種族
ミーシャが連れてきた研究者イーデについては、基本的には部屋にこもりジャノと共に作業を進めた。俺は一日の中で朝、剣を振った後に彼の部屋を訪れ進捗を聞くようにした……のだが、
「この力は非常に難解ではあるのですが、私は組織と手を組む前の時点で力の異質さについてはおおよそ理解していました。最初は力の源は何なのかということに疑問を抱き、やがてそれが古に存在したとある種族なのだとわかり、そちらにも興味があって考古学をかじったこともあります。ですが残念ながら文献などを調べようにも進まず、というより人間が繁栄する以前に存在し消え去った種族なので、人間が記した文献に記載があるはずもなく、私が調べていたのはもっぱら古の種族について研究していた先駆者の後を追うことだったわけですが――」
俺が訪ねると立石に水のごとくペラペラ喋り出す。それがもう呼吸すら忘れているのでは……あるいはどこで息継ぎしているんだと疑問に及ぶくらいの勢いであり、とりあえず俺はその情報量に圧倒されて呆然と立ち尽くす。
で、そんな状況に今日も陥ってしまったため、イーデは途中で気付き言葉を止めた。
「すみません、またやってしまいました……」
「いや、大丈夫。あなたが相当な熱意を持って調べているのが理解できるので……」
なんというか、常識とか倫理観とかその全てを研究のために捨てている……今回の事件はそれが悪い方向にいってしまい、結果としてリーガスト王国で極刑を言い渡されてしまったわけだが……まあ、その熱意は伝わってくるし、今回是非とも研究を進め、極刑を免れてもらおう。
「ところで、古の種族とは……?」
「あ、興味ありますか?」
またさっきみたいに怒濤の情報量が押し寄せてくるのかな……と思いつつ首肯する。そこでイーデは、さっきはやりすぎたと思ったか、今度はゆっくり話し始めた。
「人間は存在していましたが、まだ大きな国を持つに至っていなかった頃の話です。それこそ、文献に記述が成されていないような……どこかに眠る遺跡でしか当時の暮らしがわからない、といったくらい前の話です」
「人間が歴史を刻むことをしなかったくらいの大昔、というわけか……どういう種族だったんだ?」
「彼らは私達人間のように頭、胴体と四肢を持ち、背中から白い翼が生えていたとされています」
「天使みたいだな」
「はい、私達が神託を受けるとされる天使の姿……天使の物語は様々に存在していますが、そうした存在の原点は古の種族から、というのが学者の定説となっています」
「へえ、そうなのか……」
古の種族……世界を滅ぼす力を持つに至った以上、強大な存在だったのは間違いない。
「古の種族は、人口はそれほど多くはありませんでしたが、高度な文明を持ち他の動物達を従える、まさに支配者と呼ぶべき存在だったようです」
「人口がそれほど多くないって……」
「寿命が人より遙かに長いのが特徴的だったのですが、その代わり生殖能力が低かったようです。子を成すことが極めて少なく、その代わりに絶大な力と寿命を持っていた、のかもしれません」
そこまで話すとイーデは漆黒の球体――ジャノへ視線を向ける。
「ジャノのように、強大な力に加えて道具に自我を付与する……今、私達が持っている技術では成しえないものです。高度な文明に、人の手では到底及ばない力、技術……古の種族達は、この地上に楽園を生み出したとされています。ですがその結末は――」
「種族そのものが滅んだ、か」
「はい、強大な力を持つが故に……最終的には人を含めた多種族が原因ではなく、彼ら自身が自分達が持つ力によって、滅んだということでしょう」
強大すぎる力により、争いが起これば大惨事確定だっただろう……実際に、種族が残っていない――いや、もしかすると世界のどこかで隠れ住んでいる可能性はゼロじゃないが、少なくとも人間の目に触れるような場所には、もういない。
「古の種族が滅んでから少しして、人間達が国を持つようになりました……古の種族と翼が生えていない違いはありますが、他は似ていることから古の種族と何らかの関係性はあると思います。魔法が使えている点なども、その可能性が高いと考えられている要因です」
「そうか……組織は強大な力、という点に着目して研究を始め、実際に力を得た……それは間違いなく世界を滅ぼせる力……」
「帝国内でどこまで研究が進んでいるかはわかりませんが、セリス皇女の師匠が幹部なのでしょう? であれば、決戦までに相当な進化を遂げている可能性は高いでしょう」
「だろうな……さて、イーデには進化した組織の力に対抗できる手段を模索して貰っているわけだが、進捗はどうだ?」
問い掛けると、イーデは現状について語り始めた。




