研究者
ミーシャの提案はかなり無茶苦茶なものであったが、最終決戦に勝利できる大きな力となる可能性はあった。よって帝宮側も彼女の提案を受け入れ――結果、ミーシャはその研究者をルディン領まで連れてきた。提案から連れてくるまで、わずか二日の出来事である。
「……よろしく、お願いします」
彼女に連れられてやってきたのは、中肉中背かつ三十半ばくらいの男性。黒髪でどことなく気弱そうな印象を与えてくる、学者っぽい感じの人物。
「イーデ=ストリアといいます……」
「……よろしく」
俺が挨拶すると男性――イーデは小さく頷いた。
そこで俺はミーシャを見ると、彼女は説明を始めた。
「彼が組織における例外的な存在……力の研究を行っていながら魔物と化していなかった唯一の人物」
「何か理由があるのか?」
俺はイーデに問うと、
「その、私は研究の際に自分の魔力を用いて検証を行っていたんですが、下手に力を与えられるとその検証ができなくなる……という説明を行った結果、力を付与されることはありませんでした。この場合、免れたという言い方になるでしょうか」
「少なくとも、わたくし達に滅ぼされたりはしませんでしたね」
ミーシャの言にイーデは小さく頷く……が、表情は暗い。
「なあミーシャ、彼とは司法取引をすると言っていたが、実際のところ極刑なのか?」
「罪状的には国家反逆罪ですからね。ただし相応の貢献をした場合は、帝国に大きな貸しを作ることになります。であれば、情状酌量の余地もあるというもの」
……イーデの表情は感情があまり乗っかっていないが、やりきるしかないという雰囲気は感じ取れる。まあ捕まった以上死ぬしかないのだから当然と言えばそうだが――
「……確認だが、ルディン領で活動させて問題はないのか?」
「イーデには既に力を利用した魔法を仕込んでいます。反逆の意思があるとしたら……あるいは、他者に所持している情報を伝えようとした場合、魔法が発動し彼は消滅します」
こ、怖い……なかなかに容赦がない措置だな。
「もっとも、その効果が発揮するようなことはないでしょう。ここへ連れてきた段階でリーガスト王国や帝国に対し友好的ですからね。重要な情報を持ち、なおかつ世界を滅ぼす力の核心に迫っていた人物ですから万が一のことを考慮し、仕込みをしているまでの話。ちなみに、エルクの指示に従うように、と命令もしましたので、余計なこともしませんわ」
徹底している……が、情報漏洩を防ぐためには、そのくらいやらなければならないのもまた事実か。
「エルク、そっちの方も準備はできていますの?」
「ん、ああ……まさか二日で連れてくるとは思っていなかったから、もう少しだけ準備がいるけど」
――研究者を連れてくる、ということで彼には屋敷の一室を与えて研究に集中できる環境を整えた。事前にどんな研究資材が必要なのかも聞いていたので、可能な限り準備した。
「ただ、足らない物があるのは仕方がない……交易路から離れている領地だからな。魔法関係の道具を二日で全部揃えるのは無理だ」
「場合によってはわたくしの方で準備しますわ」
「わかった、足らない物については後でリストアップしておく……名目上、リーガスト王国からの依頼で滞在するって形にするぞ」
「はい」
臣下達にとっては突然の出来事に困惑しているかもしれないが……ミーシャが動いていることもあり、無理に尋ねようとはしなかった。
ラドル公爵の一件もあって、何かしら動いているのだろう……という推測はしているに違いない。そして俺のことだから、いずれ話をするだろうとも考えている。だから今はひとまず、質問したい欲求を抑えて何も言わずにいてくれる。とはいえ、
「臣下や侍女には、改めて彼のことを含め適当に事情を伝えておくよ……エイテルから監視はされていないし、それで問題はないはずだ」
「帝都までルディン領の情報が伝わることは、まあないでしょうからね」
「うん、ひとまず秘密裏に活動するための方針は整ったとして……なら次の質問だ」
俺はイーデへ向け口を開く。
「あなたはなぜ組織に加担を?」
「……信じてもらえないかもしれませんが、元々順序が逆でした」
「順序……?」
「私は古に存在していた魔法道具の調査や研究を行っていました。そこで、古に存在していた異様な力……それについて興味を持ち、遺跡で発見した道具などを調査、解析していたんです」
「それが……組織が所持している力、か」
「はい。組織の幹部達は研究をしている私のことを聞きつけ、協力しろと迫りました。私自身、興味もあったので組織に手を貸し……次第に組織は力を利用し様々な野望を果たすために動き始めました」
「組織がそういう目的を持っていたことは……」
「知っていましたが、まさか実用化できるまでに至るとは思っていなかった……興味から協力していたのは事実ですから、罰は受けるつもりでしたが、今回このような話になりました」
そう述べる彼の姿は、どこか悲しそうであった。




