停戦協定
皇帝陛下との二度目の話し合いの後、皇族とエイテルは交渉を始め――数日後に停戦協定は実現した。
それにより、見た目の上では平和になった……組織では独断で取引を行ったエイテルに対し不満を抱く者も出てくるだろう。一方で皇族側も……とはいえ、賽は投げられた。後は決戦までにどれだけ強くなっているか。それによって、帝国の未来が決まる。
ただ、と俺は考える。現時点においては、まだ悲劇的な戦いは発生していない。世界を滅ぼせる力が存在していながら、帝国内でも大規模な戦いは発生していない。
ラドル公爵が俺に行った謀略をジャノと俺自身によって止めることができた、という要因が大きいだろうけど……少なくとも前世の漫画みたいな悲惨な展開にはなっていないし、まだ最悪の事態を回避できる……その事実は非常に大きいと思う。
しかし、予断を許さない状況であるのは間違いなく……停戦協定が行われた後、俺は部屋を訪れたセリスから話を聞くことに。
「師匠は帝宮内で私達の監視を行うつもりみたい。もし私が外に出た場合は……どう動くかまだわからないけど、少なくとも放置はしないと思う」
「使い魔などを用いて、監視を強める方向にはするだろうな」
「うん……それに、停戦協定を結んだと言っても書面にサインをしたわけでもない、あくまで口約束。もちろん私達も警戒はするよ」
「取引でエイテルは停戦を要求し、その見返りに情報提供を約束したけど……その辺りはどうなっている?」
「今朝、陛下の下に情報が届いた。今は兄さん達が内容を確認し、とりまとめている。ここから調査を開始するけど……兄さん達が言うには、怪しい動きをしていた人物は漏れなくリストアップされているし、以前と比べ様子が違っていた人物も入っていたみたい。だから資料の信憑性はかなり高いだろうって言ってた」
「そうか……まさか敵から情報提供されるとは思ってもいなかったが、帝国内で騒動が起きないように立ち回れる状況にはできそうだし、少なくとも決戦までは表面上平和だ……ここについては良かったけど……」
「組織は数ヶ月の戦いに備える……戦争を引き起こしても勝てるほどに、戦力を整えてくるだろうね」
セリスの言葉は重々しい……ここから先は競争だ。帝国と組織、どちらが先に相手を上回ることができるのか。
単純な戦力だけなら、どう考えても帝国の方が上だ。しかしそれは全戦力を傾けることができるなら、という話だが――
「相手は世界を滅ぼす力を研究している」
俺はセリスへ向け口を開く。
「それだけ強大な力である以上、どれだけ兵力があろうとも意味はないかもしれない」
「そうだね、私達はそれこそ、精鋭……魔物化した存在とも戦えるだけの力を持つ人を用意しなければならない」
その筆頭が俺やミーシャだが……。
「セリス、一つ質問だがミーシャはここに来るのか?」
「連絡はした。帝宮内に入っても、見つからなければどうとでもなる……というか、そういう風に立ち回るし、以前師匠に見咎められず帝宮内で話をしたこともある」
それなら大丈夫そうか……ミーシャには力を可能な限り付与してもらうことになるだろう。決戦までに一番仕事をするのは、彼女になるかもしれない。
「ミーシャのことについては問題はないとするなら、次の問題は俺か」
「……現時点で、師匠はエルクの力に気付いていない」
セリスは俺の目を見ながら話し始める。
「それは逆に言えば、力を持っていないが故にこの帝宮を訪れている理由も、単なる聞き取りであると認識している」
「下手に長期間滞在すれば、逆に怪しまれる可能性があるって話だな」
俺の指摘にセリスは頷いた。
「うん、当初の目的は終えたし、ルディン領に戻ってもらうことになる」
「急いだ方がいいか?」
「一応、停戦協定が結ばれたとはいえ、少しの間は警戒度を引き上げる……ということで、エルクに危害が及ばないか、ルディン領へ安全に帰ることができるかを調べるために、もう少し滞在してもらう方向で調整はしているよ」
「……ひとまず、理由付けがあるからまだ怪しまれる段階にはないと」
「そうだね」
「とはいえ、ここで修行をやるより一度ルディン領に戻った方が修行自体は効率良くできるはず……今の状況的には、皇族の安全が担保されれば、俺は戻った方がいいな」
その言葉にセリスは「わかった」と応じた。
「なら少し様子を見た後、ルディン領へ戻ってもらうということで」
「決戦の際に俺は密かに帝都へ向かい、決戦場で乱入する、という形がいいか?」
「そうだね、エルクのことはギリギリまで知られたくはない……エルクの存在が、私達にとって最大の切り札になると思う」
「なら、期待に応えられるよう頑張らないといけないな」
――セリスのためなら、いくらでも頑張れる。心の内でそんな風に呟いた時、セリスは「お願い」と少しだけ申し訳なさそうに、俺へ告げた。




