取引の内容
「……取引?」
俺はエイテルへ聞き返した。深夜に俺の部屋に来ることも不可解だし、さらに話をするというのはどういう了見なのか。
「ええ、取引。実を言うと現在の状況について色々悩んでいて……元々、セリスの動向を観察するつもりだったのだけれど、こうした方が早いだろうし、私としても良いと判断してのことだけれど」
何が何やらわからない……というか、話す内容に主語がないため、彼女の発言について理解ができない。
「えっと……?」
「ああごめんなさい。それじゃあ結論から言うわね」
そう告げるとエイテルは、自身の胸に手を当てた。
「私が、ラドル公爵を魔物化した張本人よ」
――まさか自分から申告すると思わなかったため、俺は目を丸くした。
「あなたがどの程度事情を知っているのかわからないけれど、セリスとミーシャ王女が動いているのは間違いなく、彼女達は私が組織の人間であることは把握しているのでしょう?」
「……えっと、なぜそう思ったんですか?」
俺は少し興味を抱いて問い掛ける。自白と共に取引をする……ということは、ここで自らの正体を明かしても問題はないと判断したわけだが――
「セリスの態度から、明らかに私を警戒していたからね。あの調子だと、あの子に仕込んだ魔法も自力で解除してしまったようね」
「……そこについては、セリスから聞いています。仕込みの内容を踏まえると、警戒されるのは当然だと思いますよ」
ちょっと敵意を込めて言うと、エイテルはクスクスと笑い始めた。
「それもそうねえ。あなたにとっても、迷惑な話だろうし」
「……俺は帝都へ来るまでの道中で、セリスからおおよその話は聞きました。その中で、あなたが組織に加担していることも……」
「私に会いに来た、ということは探りに来たということでしょうし、あなたにも事情を説明するのは当然ね。そしてあなたを同伴したのは、少しでも油断させ、何も知りませんということを印象づけたかった、といったところかしら?」
……彼女はこちらの手の内を理解している。内心で俺はちょっと焦ったが、こうして俺に話を持ちかけてくる、ということは俺の力についてエイテルは把握していない……ということなのだろう。
――もういっそのこと、ここでジャノの力を用いて倒すべきではないだろうか? そんなことを思った時、そうした心の声を聞いていないながらジャノが発言した。
『今はまだ、手を出すべきではないな。エイテルが組織の幹部であることは間違いないが、彼女を止めただけで一連の騒動が解決するかどうかはわからん。むしろ彼女を倒すことで、動乱が起きる危険性がある』
……まあ、そういう結論になるか。
『ここは取引の内容を聞き、話を進めるほかなさそうだ……相手から話を持ちかけてくる、ということは組織としても秘密裏に戦いを終えたいという目論見があるのだろう……戦火を広げたくない我らからしたら、メリットのある話かもしれん』
……ジャノの言葉を聞く間、俺は沈黙していたのだが、エイテルはそれを警戒していると解釈したらしく、なおも笑みを湛えながら、
「あなたに危害を加えるつもりはない……と、言ってもさすがに信用されないかもしれないけれど」
「……戦う術を持たないこちらからしたら、話を聞く以外の選択肢はないように思えますが」
「強制もしないわよ。ただ、この話はちゃんと持ち帰ってセリスに伝えることをオススメするわ」
……何も語っていないが、話すら聞かないという選択肢を選んだ場合、その時点で騒乱が確定するなんて事態になりかねないな。
「取引の内容をお願いします」
俺が言うと、エイテルは「ええ」と一言呟いてから話し始めた。
「あなた達……というより、セリスや皇族の面々は、残る組織の拠点と魔物化を仕込まれた人間について調査を進めるでしょう。ただそれはあくまで秘密裏に……つまり、私達に窺い知れないように調べていく。あるいは、既に組織の場所くらいは把握しているのかしら?」
「俺は多少なりとも話を聞いていますが、さすがに詳細はわかりませんね」
「そう。まあどちらにせよ、調査してそこから拠点を攻撃する……という流れになるのは間違いない。私が提案するのは、その戦いについて。こちらとしてはこれ以上拠点を狙われたくはないし、かといって帝国内を無茶苦茶にしたいわけでもない」
「反乱を起こすのは本意ではないと?」
「勝利すれば、帝国の実験を私が握ることになるかもしれない……内乱により弱体化した帝国よりも、無傷で強い帝国の方が、手に入れる価値が高いというものでしょう?」
……組織の目的は帝国の支配、ということか? あるいは支配することでエイテルが抱いている野望とか願望が叶えられるとか、そういうことなのかもしれない。
「つまり、場合によっては反乱も辞さないけど……可能であるなら帝国を無傷で手に入れたいと」
「ええ、だから取引よ」
エイテルは言う。俺はそれに対し沈黙し、視線で続きを話すよう促した。