帝宮の夜
帝宮滞在二日目の夜、俺は寝る準備を済ませてから窓の外を見る。空は当然漆黒に覆われているのだが、町の方にはまだ明かりが多数存在していた。
「夜も酒場とかやっているみたいだな」
『ルディン領ではお目にかかれない光景だな』
ジャノが言うと、俺は「そうだな」と応じる。
「屋敷から近い町に酒場はあるけど、こんな時間には閉まっているからな……」
『現在時刻は、深夜には至らないくらいだが……それでも街に明かりが多い。これが帝都か』
ジャノはなんだか感心するように告げる。そこで俺は、
「何か気になるか? それとも興味?」
『興味だな。人の営みというのは、エルクがいる場所と帝都にいる人間とでは違うのだろう? 我は道具に付随していた自我でしかないが、人間をベースに構築された存在であるのは間違いない。よって、興味があるのかもしれん』
「……観光に行けるのであれば、密かに抜け出して街を見て回るのも面白そうだけどな」
『全てが終わった後、行ってみればいい』
まあ確かに……心の中で同意した後、俺は今日の出来事を振り返りつつ、ジャノへ尋ねる。
「ジャノから見て、現状はどうだ?」
『予断を許さない状況であるのは間違いない。しかし、皇帝が時間を稼ぎをするといった手前、致命的なミスさえなければ、調査する時間くらいはあるだろう』
「まずは十日、だな……一日目が終わってしまったわけだけど、とりあえず陛下達と話し合い、なおかつセリスの師匠とも顔を合わせた……必要最低限のことは済ませた、といった感じか」
俺はそこでもう一つジャノへ問い掛ける。
「ジャノの見解を聞きたいんだが……ジャノは皇族に組織の内通者がいるかもしれないと考えている」
『そうだな』
「……現時点で、俺のことを把握しているのは今日顔を合わせた皇族だけ、という状況で間違いないと考えていいのだろうか?」
『少なくともエイテルの言動からは、そう考えても良いかもしれん……が、だからといってエルクが好き勝手動き回るというのも危険だ』
「そうだな……明日以降もセリスと一緒に行動することになりそうだ」
懸念材料はまだまだあるが、注意していれば俺やセリスが引き金となって争乱が起きる、という可能性は低いように思える。
「ジャノ、今日エイテルと話をして、気配を探ってみて……彼女自身の力量とかはどう感じた?」
『ラドル公爵を魔物にした力を持っている雰囲気はなかった。もしそのような力がなければ、エルクの力で一蹴できる』
「断定か」
『それだけ絶対的に力だからな。可能な限り探ってみた結果の結論であるため、大丈夫……ただし、現在時点ではだが』
これから力を得る可能性もある、というわけか。
『公爵に力を付与した意図は推測しかできないが、例えば付与された人間がどうなるかなど、実験をするという意図だってあるかもしれない』
「いずれ自分にその力を付与するために……か?」
『そうだ』
「もしセリスの師匠が完璧に制御できる力を得てしまったら、大惨事になるな……」
暴走状態のラドル公爵で無茶苦茶な力を持っていたのだ。それが制御できてしまうとなったら……。
「それはつまり、組織による力の研究を進めさせないように……という立ち回りが要求されると」
『おそらくまだ残っているどこかの拠点で研究は進んでいるのだろう。それを食い止めなければ、いずれエイテルが力を得てしまうだろうな』
……拠点を見つけ出すのは方針の一つではあるから、目的そのものは変わっていない。今後の動き方にあまり変更はないな。
「セリスの師匠の動向を観察したいところだけど……ジャノ、できるか?」
『エイテルの気配については捕捉したため、この部屋からでも魔力を探ることで動向を観察は可能だ。ただし、あまり深入りするとこちらが動向を窺っていることが露見しかねない』
「なら露見しないようなやり方で……その範囲内で調べてくれればいいよ。それだけでも結構大きいだろうし」
『了解した』
「セリスにもこのことは明日報告するとして……俺は引き続き修行と、調査か」
『組織の人間がどこにいるかはわからん。帝宮内で襲い掛かってくるようなことはないだろうが、気を緩める暇はないだろうな』
……力を得て体力面などに余裕はある。少々無茶をやっても問題がないくらいにはなっているが、もし戦闘となった際に溜まった疲労で上手く戦えない、なんて悲劇は避けたいし、休めるのならきちんと休んだ方がいい。
よって、この部屋の中で修行をする以外はゆっくり過ごすことにしよう……皇帝陛下に報告するまで十日ほど。それまでに何かしら成果を上げたいところだが、だからといって焦ってはいけない、不測の事態だってあり得るし、いつでも魔物化したラドル公爵のような存在と戦える準備をしておくべき。
やることはとにかく多いな……そんな風に思いつつ、俺はその日多少の修行を行った後、眠ることにしたのだった。




