師匠と弟子
「私もこの件について調査を命じられているので、もしかすると一緒に仕事をすることになるかもしれません」
セリスが言うとエイテルは「そう」と短く応じ、
「現時点で何かわかっていることはあるかしら?」
「私の方ですか? 現状では何とも……ラドル公爵について調べるにしても、重要なのは公爵がどう行動していたか……何者かの仕業であれば、公爵が生前に顔を合わせていた人間について調べていくべきかもしれませんが、現時点で手がかりが何もないので厳しいですね」
どこか困ったようにセリスが言う――エイテルはセリスが組織の拠点を潰したことは把握しているだろう。情報を得ている可能性だって高いと考えているはずで……その態度に何を思ったか。
俺は沈黙し、二人の会話を聞き入ることにする。ここで変に横やりを入れてしまうと、やぶ蛇になりかねないし。
「セリス、あなた自身の見解を教えて欲しいのだけれど」
「はい」
「魔物と化した公爵……戦って、どうだったのかしら?」
エイテルとしては、どう考えているのか。公爵に付与された力は恐ろしく、あの力は間違いなく世界を滅ぼしうる力であったことは間違いないが――
「正直、二度と戦いたくはありませんね」
エイテルの問い掛けにセリスはそう答えた。
「魔物化、といっても公爵の力はあまりに大きかった……正直、私が倒せたのも奇跡に近いと考えています」
「そう、放置すればまずいようね」
「帝国の人々は、私が倒せた以上なんとかなると考えているかもしれませんが……」
「そう思ってしまうのは仕方がないわ……恐ろしさについては陛下に報告したのでしょう? であるなら、陛下は相応の対策を立てるはず」
そう述べるエイテルに、セリスは頷き肯定する。
「魔物化の原因調査に加え、同様の事が発生してしまった際に備える……両方やるのは難しいけれど、これは間違いなく帝国に危機をもたらすもの。絶対にここで食い止めるから、セリスも何かあれば遠慮なく相談して」
彼女の言葉にセリスは再び頷く。
エイテルは実際のところ、魔物化を施した側の人間ではあるのだが……そんな雰囲気を一片たりとも出すことなく、会話は表面上穏やかな雰囲気のまま、終了したのだった。
俺はセリスを伴い部屋へと戻ってくる……昨日初めてこの部屋に案内され一泊したわけだが、なんだかここに戻るだけで安心感がある。
「……とりあえず、穏当な感じで終わったな」
「少なくとも、エルクのことを怪しんでいる様子はなかったよ」
扉を閉めた直後に俺が呟くと、セリスはそう言った。
「私については……少なからず警戒している雰囲気だった。エルクの目から見てどう思った?」
「正直、最初から最後まで一切態度は変わらないように見えたけど……」
「そう。エルクがそう思うのであれば、演技はしていたのかもしれないね」
「師匠と弟子、という間柄から、わかることもあったと」
「そうだね……師匠の考えを読むことはできないけど、普段と比べて態度が硬質であったことは間違いない」
そこまで言ったセリスは、少し難しい顔をしながら俺へ告げる。
「組織拠点を叩き潰したという情報は、間違いなく師匠の耳に入っている。そして、師匠が組織の一員であるという点……私がそれを知っているかどうか、師匠は判断をつけていない、という可能性が高そう」
「とはいえ、知っているという前提で策を練るんじゃないか?」
「うん、たぶんね……私が組織の構成員を知っている、となったら最悪の展開も考えられる、かな」
つまり帝国内に戦乱が吹き荒れる……それは回避しなければならない以上、その辺りについては細心の注意を払う必要がありそうだ。
「ただ、様子を見た限り俺のことを知らないってなると、皇帝陛下を含めたセリスの兄達が内通者である可能性は低くなったんじゃないか?」
「うん、そこは私も思った」
「ジャノ、どうだ?」
問い掛けると同時に、漆黒の球体が俺の真正面で生まれた。
『我が探った限り、エルクのことで嘘を言っているようには感じられなかったな』
「それじゃあ、少なくとも陛下や皇子二人は内通者、ではない?」
『組織の手の者であれば、真っ先に公爵を打倒したのはエルクだと報告するだろうからな……ひとまず、敵である可能性はかなり低くなった、という見解でいいだろう』
ここについては朗報かな……。
『ただし警戒は続ける。例えばの話、皇族の誰かが組織の長で、エルクが何をしでかすかわからないため、意図的に情報を止めている、などという可能性も否定はできない』
「相当慎重だな……まあ、石橋を叩いて渡るくらいの心持ちでいいか」
俺はジャノの意見にそう応じた後、セリスへ尋ねた。
「今日のところは、終わり……で、いいのか?」
「うん、さすがにエルクも疲れたでしょ? 今日は休もうか」
「明日以降は……」
「そこについては明朝決めるということで。今と明日とでは、状況が変わっている可能性もあるから」
セリスの言葉に――俺は「わかった」と同意し、その日の活動は終了した。




