ギリギリの状況
「現在、公爵の屋敷などを調べているけれど、魔物に変貌してしまった原因を特定することはできていない」
そうセリスの師匠――エイテルは語る。彼女は公爵に魔物化を施した張本人である可能性が高いし、この発言は確実に嘘だ。
まあ彼女としては自らが公爵の屋敷に赴いて、自分に関わる情報がないかを確認する意味合いはあっただろうし、実際に調べたのは間違いないだろう。
ちなみに公爵の屋敷については、セリス達皇族が先んじて調べてはいるのだが……情報は出なかった。公爵はちゃんと情報を秘匿していたらしい。
「魔物と化した経緯というのは何でしょう?」
セリスが尋ねる。それにエイテルは肩をすくめた。
「それも不明……確実に言えることはこの魔物化現象について、放置すれば帝国に大きな災いをもたらすことになる、ということ……実際に戦ったセリスならわかると思うけれど」
「はい……そうですね」
「それと、凶悪な力を持っていたという事実を踏まえれば、何かしら組織的関与も考えられる。魔物化に至った原因が何であれ、公爵は魔物となるまで普通に過ごしていた。公爵が保有していた魔法の道具が暴走した、なんて話ではないと思うわ」
……現状の推測を述べるエイテル。まあ表面上は穏当な話に終始する。会話の中で探り合いとかしたら怪しまれるだろうし、話自体は特に意味はありそうにないな。
ただ、セリスとエイテル……胸中はどのようなものか。正直二人の間に割って入るようなことはできないし、やりたくない。
「師匠は、犯人に目星がついているんですか?」
セリスが問う。それにエイテルは首を左右に振る。
「現時点では推測しかできないし、容疑者を特定するなんて段階にはない。ただ、公爵にあんな力を付与する存在……よっぽど公爵に恨みがあるのかしら」
「恨みがあるのなら、こんな手の込んだことはしないように思えますが……」
「わからないわよ? 直接手を下してしまったら、公になった時に容疑者として疑われる危険性がある。でも今は犯人を絞り込むことすらできていない……公爵に恨みがあって魔物に変えた、というのが目的であるなら、現時点で犯人は目論見を達成し、なおかつ疑われずに済んでいる。これ以上になく良い状況だと思うわ」
まあ確かに……ここでセリスは腕を組む。
「怨恨が理由、でしょうか?」
「それもわからないわ。ただ、あの人は色々と揉め事を起こしていたこともあるし、恨まれるようなことだってやっていてもおかしくない」
そこでエイテルは俺へ顔を向けた。
「あなたは今回、公爵に関与していたから帝宮に呼ばれたけれど……その辺り、心当たりとかはないかしら?」
「……正直なところ、公爵がなぜルディン領を訪れていたのかについて、真意は不明です」
話を振られ俺は少し緊張しつつ、エイテルへ応じた。
「聞き取りの際にも話しましたが、自分の目から見た公爵は、皇女の婚約者に目を掛ける御方、でしかなかったので……」
「あなたに会いに行ったのは、何かしら目的があったとは思うけれど」
「確かに、普通なら自分に世話を焼く理由はないように思えます……何か目的があったとしても、それを達成する前に魔物と化してしまった、という話なのかもしれません」
実際は違う。公爵は俺を利用しようとしたのだが……俺が前世の記憶を持っていたが故に、目的を達成できなかった。
セリスの師匠は公爵がどういう目的でルディン領を訪れていたのか……そこについては知っているのだろうか? 俺は少し危険かなと思いつつ、興味もあったので質問をすることにした。
「エイテル様は、公爵と関わりはあったのですか?」
「ゼロではなかった、というのが回答かしら。あの人は魔法とか、魔法の道具とか、そういう物に関心が強かったから、私の所を訪れることがあった。でもまあ、私としては研究していることをおいそれと話すわけにもいかないし、のらりくらりとかわしていたけど」
「……大変ですね」
「セリスの師匠、という立場もあって皇族から話し掛けられることも多いのよ。ただそれはそれとして軍事機密とか話せないことも多くて、公爵を満足させるような情報を出すことはできなかったけれど」
……もし、俺達が組織拠点を潰して情報を得ていなかったら、エイテルは間違いなく皇族から色々と指示を出していただろう。それこそ、俺のことを含め事情を聞いていた可能性は高そうだ。
そうであったら、帝国は破滅的な状況に陥っていただろう……まさしくギリギリで踏みとどまった、と言うべきか。
現状では帝国内で戦乱が起きるギリギリの状況だが、地底に存在していた拠点を叩いてようやく、それを未然に防げる可能性が出てきた、ということかもしれない。とはいえ危機は間近に迫っている……俺が「そうですか」と相づちを打った時、今度はセリスが口を開いた。




