研究室
帝宮内を俺はセリスと共に歩む。ラドル公爵に関する聞き取りを行う、という名目上の理由から尋問でもされていそうな印象を受けそうだが……廊下を進む俺達を見ても、帝宮内の人はあまり関心がないような印象だった。
セリスがいることで会釈などはするが、俺の存在は気にしていない……もしかして、いないものとして扱われているのだろうか? まあそれならそれで面倒事が起きなくて楽ではあるのだが。
「婚約者ということで、皇族も悪い扱いにはになさそうだ、と思っているんじゃない?」
俺の疑問に対しセリスはそう答えた。
「大抵の人は聞き取り、といっても事情を教えて欲しい、くらいの感じだと思っているだろうし」
「……それなら無用な混乱はないかな。で、セリスの師匠は普段どこにいるんだ?」
「帝宮内に研究室があって、そこに」
今から研究室へ向かうってことかな。俺とセリスはひたすら廊下を進み、やがて少しずつ帝宮の端の方へと向かっていく。
やがて辿り着いた先にあったのは、両開きの扉。セリスは迷わずそこへノックをする。
「はい、どうぞ」
中から女性の声が聞こえてきた。それと共にセリスは扉を開け、俺達は中に入った。
目に入ったのは、左右に立ち並ぶ大きいテーブルと、そこに乗せられた様々な器具。部屋は広く、壁に設置されている本棚にはこれでもかというほどに資料が詰め込まれており、俺はこれが帝国最高魔術師の研究室か、などと心の内で感嘆の声を上げた。
そして、部屋の奥に椅子に座り作業をしている女性がいた……長い金髪を持つ女性であり、俺達へ視線を向けているわけではないが、発される空気感がどこか妖艶に思える。
俺とセリスが近づくと女性は顔を上げる――年齢は確か四十近くだったはずだが、それをまったく感じさせないほど若い。
「お久しぶりです、師匠」
「ええ、久しぶりセリス」
女性――エイテルは微笑を浮かべセリスへ言った。
黒いローブを身にまとう女性がセリスへ向ける眼差しは穏やかで、弟子の姿を見てどこか嬉しそうにも見える。
正直、その姿を見るだけではとても組織に加担しているような人間には見えない……胸中でそう思っている間に会話は進んでいく。
「最近は忙しかったから、お互い帝宮に戻ってくることも少なかったわね」
「師匠も、ですか?」
「ええ、色々と忙しかったの」
言うと、彼女は立ち上がり俺のことを見た。
「彼は……ああ、言わなくてもわかるわ」
「初めまして、エルク――」
「自己紹介もいいわ。それと、私のことはエイテルで構わない……弟子の婚約者なら、私も一応関係している人間でしょう? 遠慮はいらないわ」
ニコリとするエイテル……俺は小さく頷きつつ、
「その、むしろこれまで会わなかったことが不思議ですね。関係性から考えると、どこかのパーティーとかで顔を合わせていてもおかしくなかったですし」
「私がそういうの嫌いだからだと思うわ。エルク君だって、帝宮に来る用事ってセリスに関連することでしょう?」
問い掛けに俺は小さく頷く。
「私はセリスの師匠だけれど、あまりパーティーとかでセリスに同行することってほとんどなかったからね」
「自分は関係ないっていつも言っていましたよね」
セリスが言う。するとエイテルは再び笑い、
「研究のため、資金を集めるためにはそういうことが必要なことだとはわかっているけれど、ね。心象を良くした方が、予算だって多く割り振ってもらえるだろうし」
そう言いつつエイテルは立ち上がる。
「今日来たのは挨拶かしら?」
「はい、エルクが帝宮に来たので、せっかくだからと」
「目的については知っているわ。ラドル公爵の一件……あなたも大変だったでしょう」
エイテルはセリスへ言う。
「まさか公爵が……倒したのはセリス、あなただったそうだけれど、大丈夫? 同じ皇族を相手にしてしまったけれど」
「少なからずショックはあります。でも、変貌してしまった公爵は人間という枠を超越した、恐ろしい存在でした……それを打倒できたことは、良かったと思います」
セリスの言葉にエイテルは頷く。皇女の態度に感心している様子。
「実は私も公爵の一件について調べろと指示を受けている。ただ、公爵は完全に滅んでしまったから、情報もない」
「そうですね……」
――エイテルは組織の拠点が崩壊したのはセリスによるものだと把握しているはずだ。ここからは情報の探り合い、といったところか。
問題は、エイテルはセリスが情報を所持しているか――つまり、自分が組織幹部であるという情報を持っているかどうかについて、把握しているのか。
和やかな自己紹介は終わり、問題はここから……とはいえ俺は警戒を向けてはいけない。俺は力を持たない存在であり、何も知らないと思わせるべき。
ジャノからは何も話してこない。現在進行形で探りを入れているのか……考えている間に、エイテルはさらにセリスへと話を続けた。




