緊張感
帝宮を訪れた初日は外へ出ることはなく、部屋の中で過ごした……食事については侍女が持ってきてくれて、念のため確認をしたが毒などは混入していなかった。
正直、警戒するのが異常ではあるのだが……とりあえず一日目は何事もなく終わった。
そして翌日、寝覚めは良く体調面も問題はない中、朝食をとりひとまず外に出るための支度は済ませた後、
「ジャノ、今日は昨日の続きということでいいか?」
『構わないが、皇女が来るかもしれないぞ。様子を見なくていいのか?』
「どうだろうな。誰かが来ればわかるようにしているし、とりあえずそれに反応があってから対応するでも遅くないと思うんだが――」
そう言った矢先、部屋の外に気配。おそらくこの部屋を訪れようとしている人物であり、それがセリスであるとすぐに気付く。
「噂をすれば、だな」
『今日の予定を伝えに来たのだろう』
コンコンとノックの音。俺が返事をすると、扉が開きセリスが姿を現した。
「おはよう、エルク」
「おはよう。今日はどうする?」
「昨日、エルクを案内した後に色々と相談したんだけど、ひとまず話をすることになった」
彼女の発言に俺は頷く。そこについては問題はない。
「今からやるのか?」
「うん……エルク、問題ない?」
「ああ、平気だよ……というか、既に準備しているのであれば、話し合う人を待たせているってことだろ? 残念ながら俺に拒否権はないな」
その言葉にセリスは小さく笑い、
「なら早速……案内するよ。廊下を進んで辿り着く部屋だから」
言われ、俺はセリスと共に部屋を出た。そして俺達以外誰もいない廊下を進む。
足音だけが空間を支配しており、ここで俺は一つ気になったことがあった……けど、すぐに到着するなら質問する暇はないのかな?
「何か疑問はある?」
けれど途中でセリスが問い掛ける。そこで俺は、
「人がいないけど……」
「エルクが寝泊まりする部屋を含め、この辺りは静かだからね」
「……静か?」
「うん、だって」
セリスは俺に一度視線を向け、
「皇族が暮らすエリアだし。不用意に人が近づくことはないかな」
「……おい」
途端、廊下の空気が変わったような気がした――いや、気のせいではあるのだが、情報を得たことで俺自身緊張感が生まれた。
「昨日何も言っていなかったじゃないか……」
「だっていきなり言ったら緊張するでしょ?」
「それはそうだけど……」
『警戒の必要性はなかったかもな』
会話をしている間にジャノも言及する。
『この様子だと、運ばれてくる食事も皇族と同じかもしれんな』
いやいや、さすがにそんなことは――
「だって、料理だって私達が食べるものと一緒に調理しているとか言われたら、さすがに緊張しない?」
あった。おいマジかよ。
「つまり、俺の待遇って……」
「皇族と同等」
「……今からでも部屋のグレードとか落とせない?」
「無理だよ。それに、エルクは色々な意味で大切な客人だし」
「というか、セリスとの関係があるにしろこの待遇で扱う客人か?」
「そこについては色々と理屈をつけている……というより、こういった待遇だ、と意図的に言っていないから、そもそもエルクがあの部屋にいることも多くの人はわかっていないよ」
まさかの秘匿されている状態。いや、だとするとあの部屋に案内されたのも理解できるのだが。
「……あの部屋の位置からすると、皇族が暮らすエリアに近いんだよな?」
「うん」
「だとすると余計あの部屋の役目が理解しにくいんだけど……誰かをかくまうにしても、本来は皇族とかを想定しているのか?」
「……そこは、色々とあって。たださすがに説明すると長くなるから、今回の話し合いの席で、その辺りもちゃんと解説するよ」
「わかった、頼む」
で、俺達が会話をする間にも帝宮の奥へと進んでいる……もしかしてこれ、帝宮内にいる重臣とかも立ち入ることができないエリアだったりしない?
そして、今から話し合う相手というのは……さらに緊張してくる。なんだか動きすらぎこちなくなり始めた時、横を歩くセリスが苦笑した。
「大丈夫大丈夫、落ち着いて」
「……いや、落ち着けないだろこの状況では」
「まあまあ、エルクは私の婚約者なわけだし、魔物化した公爵を倒した存在。言わば帝国を救っているわけで、もっと胸を張っていていいよ」
「無理無理……」
首を左右に振る。ちなみに今から誰と話し合うのかなど、セリスは詳細を語ろうとしない。
まあ廊下を歩く間に話をしなくても、誰と打ち合わせをするのかは推測できていたんだけど、いざ顔を合わせるとなったらさすがに緊張してきた。廊下にある静謐かつ厳かな雰囲気も、緊張感をさらに助長させている。
そうこうしている内に、セリスは立ち止まった。そこには綺麗な装飾が施された一枚の扉。彼女はそこにノックを行い、
「入ってくれ」
中から男性の声が聞こえた。そこでセリスが一度俺を見る。
こっちとしては頷くしかない……同意を得たセリスは、ゆっくりと扉を開けた。




