切り札
『たった一度しか使えない切り札だ。これをやれば間違いなく今以上にエルクは強くなれる』
「それは良いけど……切り札ってことは、一時的なものか?」
『いや、恒久的に強くなれる』
え、かなり強いなそれ。一体――
『とはいえ我としてはやりたくはないな』
「……どういうことだ?」
『前置きをしているが単純な話だ。エルクは気付いていないようだが、自我を維持している我の力がまだ利用できる』
ああ、なるほど……。
『ただし、それは我が消滅することを意味する』
「それはまあ、ジャノとしてはやりたくないだろうな」
『うむ。ただし最終手段としてそういうものがある、というのは理解しておけ』
「……例えば窮地に立たされた時、俺が力を寄越せと言ったら素直に従うのか?」
『そもそも力の支配権は我ではなくエルクにある。そういう力が身の内に眠っていると理解しておけば、いざという時に引き出せるだろう』
……確かに、予め把握しておくことで、利用はできるようになるだろう。
「ジャノはそれでいいのか?」
『我は道具に備わっていたただの自我だ。力の支配権がエルクにある以上、それに従うのは当然だろう』
「納得はしていないみたいだな」
単なる道具に備わっていた自我。前世の漫画ではそれが最終的に邪神となって世界に襲い掛かった。
けれど今は逆に、世界を救う存在となっている……確かにジャノの自我にくっついている力を利用すれば、俺は強くなれるが――
『現時点でエルクはどう思う?』
「……力を得るために、ジャノの力を今取り込むのは得策ではないな。俺はまだ強くならなければいけないけど、ジャノのアドバイスがないと成長速度は明らかに落ちる」
『ふむ、あくまで現時点では、だな』
「引っ掛かる言い方だな」
『我の方に教えることがなくなれば、遠慮なく力を取り込めるだろう』
「なんだか覚悟を決めているみたいだけど……」
そこで俺は気付く。この部屋の仕込みなど、ジャノは色々と教えてくれている。それはもしや――
「いずれ、自分が消えることを見越しているのか?」
『我もさすがに消えたくはないから可能な限り色々やらせてもらうが、世界の危機であるなら仕方のない面もあるだろう』
「そうかもしれないが……」
『おそらく、エルクの記憶を得た影響だろう。我自身は消えることも覚悟はしているし、世界を救うべきだと考えている』
――邪神になる可能性があったという事実を知る俺からしたら、驚くべき言葉だった。
『言わばエルクが持つ性格が我にも影響しているのだろう。世界を滅ぼすべき存在がいるのなら、それを倒すことが今、我としても責務だと考えている』
「俺としては非常にありがたい言葉だけど……」
『しかし、率先して消えようとは思わない。エルクにくっついている自我ではあるが、可能な限り抗わせてもらう』
「その一つが俺を鍛えて勝利できるようにする、というわけか」
『うむ』
ジャノの考えはわかった……元々、俺の意思を尊重し手を貸してくれた存在だ。それがより明確になった、と考えてよさそうだ。
「なら、ジャノの期待に応えられるように頑張るよ」
『その意気だ……敵は我らが考える以上に悪辣な存在だろう。できるだけ準備を重ねても、窮地に陥る可能性はある。厳しい状況になった時、精神的な意味で切り札があるのとないのとでは大違いだからな』
「俺にはまだこれがある、という気持ちで戦える……余裕が生まれると」
『その通りだ』
「わかった、切り札については胸の内に留めておくよ……それじゃあ早速、鍛錬を始めようか」
俺の言葉にジャノは『わかった』と応じ、俺達は修行モードに入る。
――そこから結界を構築し、剣を振る。あまり派手なことはできないが、それでもジャノの指導により少しずつではあるが着実に成長していく。
その最中、俺は戦いがどう推移するのか考え始めた。組織の重要拠点が壊滅したことで、組織構成員――セリスの師匠などは対応に迫られている。現在はリーガスト王国側で騒動が巻き起こり、組織に加担していた存在が捕まっているわけだが、帝国側にその影響が出れば――最悪争乱が起きる。
それを避けるために、現時点では帝国には影響が届いていない風に見せている……これによって組織の人間もおとなしくなっている。下手に動けばそれによって捕まる可能性もあるためだ。
この小康状態はいつまで続くのか……俺達は一刻も早く敵の出方を知る必要がある。敵の行動を事前に知ることができれば……。
理想としては帝国内で起きるかもしれない騒動を未然に防ぐことだが……それをするために俺はこの帝都にやってきたと言ってもいい。だが、果たして可能なのだろうか?
色々と疑問を抱きながら俺は剣を振り続ける。まずは力を……魔物化したラドル公爵にも単独で対抗できるだけの力を得る。
――その日、俺は剣を振り続けて帝都滞在一日目は終了した。俺の内心を他所に帝宮内は穏やかで、まるで騒動など存在していないかのようであった。




