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邪神

『――ずいぶんと、面白い記憶を持っているな』


 はっとなった。気付けば俺は――エルクという人間は、見たこともない空間で立ち尽くしていた。

 そこは、見渡す限り白で覆われた空間。視界に広がる全てが白で満たされ、現実ではあり得ない光景が広がっていた。


 そして、俺を覚醒させた声は背後から聞こえた。真っ白い空間の中、俺はゆっくりと振り向く。

 するとそこには……俺が立っている場所から数メートル先に、漆黒の炎をまとい揺らめく、巨大な黒い球体が存在していた。


『前世の記憶……というものか? 加えてそれはどうやら、この世界の出来事を記した物であるらしい』


 ……俺はそこで自分の姿を確認する。漆黒に取り込まれる前と同じ格好。顔を手で触ってみるが、ちゃんと感触がある。夢ではない……現実、なのだろう。

 途端、黒い球体が俺へ説明を行う。


『ああ、ここは我が作り上げた精神の世界だ。貴殿の肉体に存在する精神を利用し、構築した』


 その言葉に、俺は反応。黒い球体に目を向けた後、


「……お前は、邪神か?」

『貴殿の前世の記憶を参考にすれば、そのように呼ばれる存在だな』


 ――そこでようやく、俺は状況を把握した。ラドル公爵の謀略によって黒い水晶球に触れ、漆黒に取り込まれた。そして死ぬ間際、俺は前世の記憶を思い出し、邪神の手によってここへ連れてこられた。

 そして前世の記憶に、この世界に関する情報が存在していた……それは漫画『クリムゾン・レジェンド』だ。今いるこの世界は、前世にあった漫画の世界そのものだった。


 しかも俺は、その中でラスボスとなるはずの領主エルク……いや、俺自身がラスボスになるわけじゃない。ラスボスになるのは目の前に存在する漆黒の球体が持つ力。いずれ邪神と呼ばれるようになる、凶悪な存在。


「……お前は、公爵の謀略により俺を取り込み、公爵の命令に従い帝国に反旗を翻す」

『そうだ。しかしやがて我は公爵を裏切り、世界を滅ぼそうと動く』


 ――全てが、手遅れだと俺は思った。もし邪神の力に触れるより前に前世の記憶を思い出していたら……いや、どうあがいても記憶が戻るなんてあり得なかっただろうから、これは叶わぬ願いだったか。

 俺は漆黒に飲み込まれ、この場で死ぬ……肉体は邪神のものとなり、漆黒の球体に存在していた自我によって、公爵の命令に従い破壊の限りを尽くす。


 俺にはもう、何もできない……ただ目の前に存在する漆黒を見据えるしかない――


『……では、早速行動に移るとしよう』


 邪神が言う。俺はせめてもの抵抗で球体をにらみつけた――そして、


『貴殿は、どのようにしたい?』


 ――沈黙が訪れた。身構えた俺は何故動かないのかと疑問に思ったと同時、先ほどの言葉が俺に向けられた質問だと気付いて、声を上げた。


「……どうしたい、とは?」

『そのままの意味だ。我は漆黒により貴殿を飲み込み、体を乗っ取ろうとしたが、貴殿の前世……それに興味を示し、こうして話をしようと考えた。せっかくなのだから、貴殿の希望を聞こうかと思ったのだが』


 話の内容に俺は困惑した。というか、俺の希望を聞いてどうするんだ?


「俺が死にたくないと言ったら、応えてくれるのか?」

『それでも構わないぞ』

「お前は邪神で、公爵の命令に従い破壊の限りを尽くすんじゃないのか?」

『――ふむ、まずはそこから訂正するか』


 と、邪神は俺へ向け話し出す。


『公爵も言っていたが、我が力はあくまで力でしかない。見てくれは正直貴殿ら人間の基準からしたら悪いかもしれないが、これを利用し破壊するか、世界を救うかは力を持つ者の自由だ』

「……つまり、お前の判断ではないと?」

『我が持つ自我はあくまで道具に備わったオマケのようなものに過ぎない。基本的に我が意思で世界をどうこうする気はない』

「漫画では世界を滅ぼそうとしていたけど」

『それには紆余曲折あったのだろう……我が意思が破壊に傾くような理由が。だが今の我にはそんな願いはない』


 なんだかものすごいざっくりとした説明だけど……。


『とはいえ、だ。貴殿としては困惑するばかりだろうから、もっとシンプルな理由を言おうか』

「シンプル?」

『公爵の指示ではなく、貴殿から意見を聞こうとしている理由の多くは単純だ。貴殿の前世で得た知識を踏まえると、同じような展開ではつまらない』


 ……俺は思わず苦笑した。つまらない、か。なるほど。


「このまま俺の体を乗っ取れば、漫画と同じ展開になる。それは面白くないと」

『その通りだ』

「……例えばの話、漫画の知識を得たことで世界を滅ぼす道筋が見えた。それをやろうとは思わないのか? 漫画の主人公を始末すれば、世界を滅ぼすことは容易かもしれない」

『現在、我が持っている自我は別に世界の破滅など望んではいない。先も言ったが、力は所詮力でしかなく、我が力を得た人間が何を成したいかによって決まるものだ』


 そこで邪神は一時沈黙し、


『それに、だ。これは推測だが……例え漫画の主人公を始末したとしても、おそらく別の誰かが彼の代わりになると考える。世界を滅ぼす存在なんてものが現れれば、当然人間達は必死に抵抗する。その過程で漫画の主人公のような存在が、どこからが現れるのではないかと考える』

「つまり、どれだけ上手くやろうとも主人公のような存在と戦うことになる?」

『そうだ……そして我はおそらく滅ぼされるだろう。そんな結末が確定しているのは、オマケに過ぎない自我でも、抵抗したいところだな』

「肉体すら持っていない道具の自我だが、さすがに死ぬのは嫌だと」

『そうだな』


 ――どうやら、前世の記憶を持っていたことで、絶望的な未来を回避することができたらしい。

 邪神が味方についたのであれば、やりようはある……俺は漆黒の塊を見据え、


「もし俺の言うとおりに動くとしたら、お前の力を使う人間は公爵ではなく俺になる」

『我は別に構わんぞ。問題は公爵をどう扱うか、だな』

「色々とやりようはあるけど……お前の力を扱えるからといって、そうした手段が実行できるのか?」


 俺は剣も魔法もロクに使えないが――


『そこは力を用いれば対処できるだろう』

「……本当か?」

『具体的にどういう手段を取る?』


 問い掛けに俺は一考してから答えると、邪神は『可能だ』と答え、


『では、実際にやってみようか』

「もし失敗したら、とんでもないことになるんだが……いけるのか?」

『案ずるな、貴殿の要求など造作もない――では、早速行動に移すとするか』


 漆黒が轟く。それを見た俺は、意識が浮上する前に問い掛けた。


「最後に一つ……お前は、どういう経緯で生み出された?」

『そこはわからん。我は道具として形作られ、封印され誰かに発見されるのを待っていただけだ。まあ、詳細など必要はない。力を振るうのに、作られた経緯などいらないからな』

「……そうか」


 漫画でも邪神の詳細は語られなかった。紛うことなき正体不明の力であり、その力を俺が振るえばどうなるのか。

 不安しかない状況ではあったが……現状を打破するにはこの力を活用するしかない。そこで視界が真っ白に染まり、俺の意識は現実世界へと浮上した。


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