穏やかな旅路
馬車内で予期せぬ告白を受けて以降は、穏やかな旅路が続いた。帝都内は極めて平和で、魔物なども出現しておらず、順調に旅程を進めることができた。
俺とセリスは時折雑談をしつつ、馬車に揺られ続けた……会話の内容は、俺に関することだったり、彼女に関することも――隠していた心境を打ち明けたことにより、多少ながら関係性が進展したようにも思える。
今までは婚約者同士ではあったが、俺は皇女が相手だったが故に、セリスは魔法により彼女の師匠から干渉を受けていたことにより、どこか壁があったように思える。けれど今は違う……遠慮することはなくなり、話はどこまでも尽きなかった。
「……こうして、長い時間喋ることもあまりなかったな」
ふいに俺はそんなことを呟いた。セリスも確かにと同意し、
「馬車に乗っている状態であるけど、こうやって毎日思うがまま喋るのは初めてかも」
「というかセリス、よく話題が尽きないな」
ちなみに会話は主にセリスから振ってくる。俺も時折話題を提供するが……まあ、魔物討伐の過程で色々な場所を訪れているし、話題を多く持っているのは彼女か。
「そうかな? あ、魔物を討伐する時に雑談くらいはするし、そういったところで知識を得たかな?」
「……勇者とか、色々な出自の戦士とか、話を聞く相手としては面白そうだな……」
「あ、そうだ」
と、ふいにセリスは何か思い出したように、
「エルクが持っている前世の記憶についても教えてよ」
「……漫画の話か?」
「それもあるけど、あなたの前世についても」
「……正直、取り立てて面白い話はないよ」
興味を引くようなものは――と思ったが、セリスはじっと俺のことを見た。教えてほしい、ということだろう。
……まあ、別に話して問題があるというわけではないし、いいか。
「時間もあるし、いいよ。でも、つまらないと言われても仕方がないけど」
「聞かせて」
「わかった……そうだなあ、まずは世界全体がどうなっているのか、という点から説明を始めるか」
時間はまだあるし……旅程を考えるのであれば、俺の前世についてもセリスは理解できるだろう。丁度良い暇つぶしくらいにはなるか……そんな心境と共に、俺は彼女へ向け話を始めた。
そうして――俺の方は話題が底についてしまった中、とうとう帝都へ辿り着いた。
外観は重厚な城壁と城門。その奥には見渡すばかりの人、人、人。世界に繁栄している都市は数多くあるだろうけど、この場所――帝国帝都ガルガンディは、世界の中心と呼んでも過言でないほどの繁栄ぶりだった。
俺とセリスを乗せた馬車は城門をくぐり、街へと入る。窓は外からだと魔法によって中は見えないようにしているため、外観から貴族の馬車だと思われるだろうが、まさかセリスが乗っていると予想できる人はいないだろう。
「普段もこうやって馬車で帝都に入っているのか?」
なんとなく尋ねるとセリスは小さく頷いた。
「うん、私の顔は知れ渡っているからね」
「そうか……大変だな」
「最初は戸惑っていたけど、今は慣れたかな……当然ながら町中を歩くことはできないし、実を言うとあまり帝都について知識は少ないんだよね」
「知識……」
「美味しいお店はどこにあるか、とか掘り出し物はここで売っている、とか」
「……皇女であるセリスにとってはあまり必要ない情報のような気もするけど」
「本音を言うなら、私も帝都を見て回りたいんだけど……」
さすがに皇族だからなあ。
「魔法で姿を変えるとかは?」
「やれると思うけど、さすがに止められる。私としては迷惑掛けてまでやろうとは思わないし」
「それもそっか……」
「魔物討伐をするから帝都の外のことは詳しくなったんだけどね」
そういえば、ここまでの旅路で帝都そのものに関する言及はほとんどなかったな。まあ仕方がないのか。
会話を間に馬車はどんどん大通りを進んでいく。ここで俺は、
「この馬車、直接帝宮に行くんだよな?」
問い掛けながら俺は御者台のある方向の窓を見る。御者と大通りを闊歩する馬が見え、その先に石畳の道と、多数の人々――その先に、白亜の城が見えた。
あれこそ、帝都の中心である帝国の中枢の帝宮であり、セリスの家で政治闘争の場でもある。
「うん、帝宮内の所定の場所で馬車を停めて、中に入る」
「そこから先は……」
「まずはエルクを連れてきたって報告をするよ。そこから先はわからない……名目としてはラドル公爵に関する聞き取りだから、当面の間は帝宮内に滞在してもらうけど」
……正直、あの場所に留まるというのはどうなんだろうと思う。下手に長居すると誰かが刺客とか差し向けてこないだろうか?
そんな不安を抱いたのだが……セリスはここで小さく笑った。
「色々と想像しているのかもしれないけど……安全に過ごせるようにするから、どうか安心してほしい」
「……わかった。セリスがそう言うのなら」
彼女にとっては家だ。まあ目立つようなことをしなければ大丈夫だろう……そんな風に思い直し、胸の内にあった不安を打ち消した。




