選ばれた人
「私……エルクに、私が魔法を学ぼうとした動機について、詳しく話したことはなかったよね」
セリスが告げた言葉。それを聞いて俺は頷いた。
「ああ、そうだな……人の役に立ちたいと言っていたのは記憶している……でもそれは、セリスの師匠によって歪められた理由だった、ということか?」
「そう」
俺の質問に肯定するセリス。理由――それほどまでに重要であり、また彼女の師匠が干渉するほどというのは、一体何なのか。
とはいえ推測する必要はなかった。その理由を、セリスは語り出す。
「……私自身、才覚があるなんて思っていなかった。きっと理由が歪められてなくとも、今みたいに各地を転戦していたかもしれないけど……」
「どういう理由であれ、セリスはきっとそうしたんじゃないかな」
俺の言葉に彼女は「かもね」と答えた後、
「私が、魔法を学んだ理由は……エルクの助けになれないかな、と思ったから」
「……え?」
俺にとっては――予想外の理由で、思わず聞き返した。
「私は……政治的な理由でルディン領にやってきた。それは自覚していたし、私自身がいずれこの関係も終わるのでは、って心のどこかで思っていた」
「セリスがそう思うのは当然だ。婚約関係はそれこそ、軍を派遣するための口実に過ぎなかったんだから」
「うん、でもリーガスト王国と関係が改善し、軍が引き上げるまで数年必要だった……その間に、私は気付いた。エルクが小さい頃から、領主としてルディン領が好きだったように、私もいつしかあの場所が好きになっていた」
「……セリス」
名を呼んだ俺に、セリスは小さく笑う。
「その中にはもちろん、エルクも入ってる」
「……そう、か」
「でも、いつかこの関係は消えてしまうかもしれない……そんな風に考えながら、自分に何かできないかと思った。そこで浮かんだのが、魔法……正直、私は自分が魔物を多数倒せるような魔法使いになれるとは思っていなかった。でも、私の好きな場所を……ルディン領のために何か貢献できるとしたら、自分が強くなったらどうだろうかと考えて、魔法を学ぼうと思った」
……全て、ルディン領のためだったのか。そう理解すると、確かにその理由ならばセリスの師匠が理由を歪めてしまうのも納得できる。
どれだけ才覚があっても、ルディン領を守りたいという理由ならば、いつか彼女は帝都を離れてしまう。出世を望むのであれば、ずっと活躍してもらった方がいいのだから――
「結果的に私は異名まで持つに至ったわけだけど……歪められた理由の中でも、ルディン領に対する想いは変わらなかった。ただ、人に話すこともなかった……それもたぶん、師匠による魔法のせいなんだろうね」
「……そうだろうな」
「このことをエルクに伝えていたのなら、エルクだって無茶はしなかったよね?」
どう、なんだろう……でも、少なくとも婚約者として選ばれるために力を欲する、なんて願いを持つことはなかったかもしれない。
「セリス……その、今は人々のために戦っている。でも最終的に……ルディン領に、来るのか?」
「師匠の魔法による効果が消えた今ならはっきり言えるよ。私は、エルクと一緒にルディン領で過ごすことが、一番の望みだから」
――その言葉を聞いて、俺は頭をかいた。唐突に言われ、どういう反応をすればいいかわからなかった。
つまり、最初から俺は選ばれていたというわけで……まあ、彼女としても魔法を学ぶ理由を歪められていた以上、今回の事件みたいに無茶苦茶な事態にでも陥らなければ、この道筋に至る可能性はなかったわけだが。
「……そっか」
「なんだか素っ気ないけど」
「いや、なんというか……情報処理ができていないというか……あ、その中で気になることがあるんだけど」
「何?」
「……陛下はどう考えているんだ? 現時点で婚約をどうするかなど、特に言及はしていないけれど」
俺の言葉にセリスは少し考え込む素振りを見せ、
「私自身は、ルディン領について色々と報告はしているけど……もし婚約を解消し、別の人間と一緒になれと言われたら、全面戦争だね」
……さすがにそれはまずいのでは? でも立場上、やめてくれなどと言うこともできない。
「皇族内では……あ、ラドル公爵みたいに帝国に反発している人を除けば、私は帝国の繁栄に貢献しているし、お願いは聞いてくれると思うけど」
「……それってつまり、ルディン領に行きますというのを宣言するってことだよな?」
「うん」
「通るかなあ……帝国としては今の立場で転戦し続けるのは難しいと思っていても、宮廷魔術師の長になってくれ、くらいは言いそうなものだけど」
……俺の言及した内容に対し、露骨に嫌そうな顔をするセリス。個人的にはそこまでルディン領のことを想ってくれるのは嬉しいけど、展開次第では血を見る事態になりかねないのが怖い。
「……その、セリスの考えはわかった。でも、説明するにしても穏便に頼むよ……」
「努力はするよ」
わかったと言ってくれなかった……告白による嬉しさは吹き飛び、ちょっとばかり不穏なものを感じて不安になるのであった。




