暴走の産物
セリス達と話し合いをして以降、俺はジャノと共に再度鍛錬を始めた。今までのように、ジャノの力によって負荷を掛けて剣を振るだけだが……少しずつ強くなっているという実感はある。
勇者から得た技術を反復するだけで効果はあり、剣術面でも少しずつ強化されていく……のだが、最大の問題はこれを続けていって、果たしてラドル公爵の身に起こったような魔物化――その脅威に単独で戦えるのかどうか。
『焦りそうなのはわかるが、一朝一夕で強くなるのは現実的に厳しいだろう。ここは着実に進めるしかない』
そうジャノは言う――これまで、俺は魔物から力を得て強くなっていった。だが、ミーシャに言われ拠点を制圧しに行った時は、そうした力を取り込むような機会はなかった。
つまり、これ以上俺が力を得て強くなるルートというのがない……ただ、そうした中で俺は疑問に思うことが一つ。
それはいつものように外に出て、森の中で剣を振っている時のことだった。
「……なあ、ジャノ。少し疑問があるんだが」
『どうした?』
頭の中で響く声。俺は剣を振りながら質問を行う。
「ジャノは俺の前世……そこで俺が読んでいた漫画についても記憶を共有しているよな?」
『ああ、そうだな』
「なら、漫画のことを知っている上で質問するけど……今の俺と漫画における邪神エルク。どちらが強い?」
『それは間違いなく邪神エルクだな』
問い掛けに即答するジャノ。ここは想定内なので特に驚きはない。
「なら、どうやって強くなったと考える? 漫画の筋書きを考えると、以前ジャノが言ったように公爵が邪神エルクを動かして組織を壊滅させた。その過程で力を得たと考えるべきだと思うけど、拠点を壊滅させても俺が力を得ることはできなかった」
『……おそらく、ここから先は幹部クラスの人間を倒すことで力を得ていたのかもしれん』
「幹部……セリスの師匠とか、公爵と話をしていた銀髪の男性か」
ちなみに、銀髪の男性についてセリスに尋ねたけど誰かはわからなかった。まあ皇女だからといってあらゆる貴族と交流しているわけではないので仕方がない。
皇族と縁のない貴族も多数いるからな……セリスは報告をすると言っているため、いずれ誰なのかはわかるだろう。
『エルクが持つ力については、現在時点で漫画と比べて低い……が、あれは公爵の暴走が引き起こした産物だと我は考える』
「というと?」
『公爵は最初、野に存在する組織が作成した魔物を邪神エルクに取り込ませた。次いで、組織へ攻撃を仕掛けた……ただ、ここは意見が分かれるところだ。漫画においては公爵主導で帝国へ反乱を起こしたことになっているが、組織側としては矢面に立たないよう、活動的だった公爵を利用し、それに乗じ組織による帝国の支配を目論んでいたのかもしれん』
……ふむ、確かにそれなら現実となった今とも整合性がとれるな。
公爵の反乱と共に、組織の者達も動き出した……しかし漫画では――
『だが、公爵はさらなる謀略を考え実行に移した。どこかのタイミングで組織にも攻撃を仕掛け、さらに力を取り込んだのだろう』
「……漫画では帝国内の状況というのは明確になっていない部分もあるからな。ただ、セリスの師匠を始め今回判明した幹部クラスの人物は漫画にいなかった。それを踏まえると、どこかのタイミングで公爵に潰され、組織そのものも乗っ取られたと考えた方がいいだろうな」
現段階で組織は魔物を数体取り込んだジャノの力に対抗できる技術を所持している。公爵はその技術提供などを求め、邪神エルクをさらに強化し、そこから公爵は組織に対しても攻撃を……うん、筋は通るな。
「ということは、組織幹部が持つ力を得られる可能性はある……が、現状では手出しができない」
『うむ、我が言った通り、ここから先は一朝一夕に強くなるのは難しい。鍛錬を続けて成長していく他ない』
間に合うのかわからない……が、焦っても何一つ良いことはない。今の俺にできることはただ愚直に剣を振り続けるしかない。
次に気になるのは、セリスのこと……現在進行形で俺を帝都に呼ぶための準備を進めているだろう。組織側は彼女が動いて拠点を潰したことは理解しているはず……さすがに危害を加えることはないと思うのだが――
『そういえばエルク、帝都へ向かう準備はしているのか?』
ふいにジャノが問い掛けてくる。それは剣を振りながら頷き、
「領地については重臣達に任せていいから、出発しようと思えばいつでもいけるよ……それに、持って行く物も少ないだろうし、必要な物が出たら帝都で買えばいいさ」
『もし帝都へ向かう場合はどういう手順になる?』
「召喚命令が下って、帝都から人が迎えに来る……セリスがそれに帯同しているかどうかはわからないな」
会話を進めつつなおも剣を振り続ける……そうして、一日が過ぎていった。




