幕間:謀略
――とある屋敷の一室。その場所で椅子に座る一人の女性がいた。室内は明るく照らされてはいるのだが、窓のない部屋であり現在時刻は何らわからない。
そうした部屋の外で靴音が聞こえてきた。女性はそちらに意識を向けるとノックの音が舞い込んだ。彼女が小さく返事をすると、扉が開き姿を現したのは、長い銀髪を持つ貴族服の男だった。
「報告だ。ラドル公爵は滅んだようだ」
端的な物言いの男。その言葉に対し女性は眉をひそめた。
「滅んだのはいいとして、被害はゼロかしら?」
年齢を重ねた、少し圧のある声音。だが男は小さく肩をすくめつつ、
「ああ、そのようだ」
「……公爵にはそれなりに力を注いだつもりだけれど、無意味に終わったと」
「報告によるとセリス皇女が打倒したらしい」
「皇女が……」
女はさらに眉をひそめる――首を動かすことで肩を越える長さを持つ金髪が揺れる。
「あの子が倒せるとは思えないけれど……」
「拠点が壊滅したという報告は聞いているか?」
「ええ」
「その拠点を破壊したのが、セリス皇女とミーシャ王女……ただ、両者が力を所持していたことによるものかは定かではない」
「……拠点を攻撃した者の中に、私達が所持する力を保有している人間がいる、と」
「ああ。ただしそうはいっても皇女かミーシャ王女か……どちらかが力を所持していると考えるべきだろう」
説明する男に対し女は沈黙する。
「それで、公爵が滅んだ事実はいずれ公になるだろう。その際にこちらとしてはどうするか、立ち回りを確認したいと思い、ここを訪れたのだが」
「私達の所まで来るかしら?」
「わからん。だが最悪の想定をしておくべきだな。地底の拠点が壊滅したことから、相手に組織に関する詳細が渡っているかもしれん。仮に皇女が持っているとして、それが陛下に伝わった場合、すぐにでも動くだろう」
「どうかしらねえ」
と、小首を傾げながら女は答える。
「下手に捕まえようと動けば、私を始めとして重臣達が動き出す……たちまち内乱の様相を呈す。陛下がどう判断するかによるけれど、現状では知らない振りをして、こちらの情報を探ろうとするのではないかしら」
「まだ捕まるような段階ではないと?」
「ええ、例え組織の内情について情報を持っていたとしても……ね」
「私は拠点を攻撃される際に証拠は隠滅していると考えているが、どう思う?」
「相手に伝わっている可能性も考慮して動くべきかしら。ま、ひとまず直接的に狙ってくることはないでしょう。その間に戦争準備を進めてしまえば、どうとでもなる」
女の言葉に男はやれやれといった様子で口を開く。
「まったく、帝国で反乱を起こせばそれだけ帝国内に傷が生まれる……私達が全てを奪うとするなら、傷などない状態が望ましいのだが」
「だからといって潰されてしまうというのなら、抵抗するのが当然でしょう」
「……確かにそうだな。では君が戦争準備を進める。他の者達は――」
「皇族の動きを観察しなさい。特にセリスのことを。あの子に怪しい動きがあれば、私達の情報が伝わっていると考えて間違いない。その時は、速やかに行動する」
「戦争、か……組織が保有する力によって勝利は揺るがないものだと思うが、暴走などの危険性もある。そこは解決したのか?」
「まだ色々と試している途中。仮にセリスが私に関する情報を手にしているとしても、検証を済ませてから動きたいわね」
「悠長にしていては全てが手遅れになる可能性もあるぞ」
「しかし、私達が望みを叶えるにはこの力が必須なのよ」
そこで沈黙が生じる――張り詰めた空気が室内を支配し、男と女が視線を重ねる。
やがて口を開いたのは、男の方だった。
「……まあ、こちらは従うだけだ。現在の組織は半ば君の手で運営されていたからな」
「どうも。ひとまず情報収集を行いつつ、準備を進める。検証にそう時間は必要ないと思うわよ。精々数ヶ月といったところかしら」
「わかった。ならばそれまでは情報収集に注力しよう」
「作業が終わった段階で連絡するわ」
女の言葉に男は頷き、部屋を出て行く。
残された女は、天井を見上げる。そして一度まぶたを閉じると、脳裏に浮かぶのはセリス皇女の顔であった。
「……最後の最後で邪魔をするのね、セリス」
そう述べると共に、表情は次第に妖艶なものへと変わっていく。
「情報を握っていることはほぼ間違いないかしら。けれど、ラドル公爵の力は目の当たりにしたでしょう? いかにあなたでも、倒すのは相当苦労したのではないかしら」
女は虚空へ向かって喋り続ける。
「あなたは魔物化している人間の調査を行うでしょう……そして私達のアジトの場所も調べようとする。その動き方は正解ね。もし全てを知ることになったら、その時こそ決戦になる、けれど」
そして女は口の端を歪め、笑った。
「間に合うかしらね? 残された時間は、決して多くないわよ、セリス――」




