唯一の方法
「……組織が扱うのは世界を滅ぼす力であり、対抗できるのは同質の力だけ。それを今持っているのはエルクとミーシャの二人だけ」
少し間を置いてからセリスは語り出す。
「ミーシャから力を受け取ることはできるけど、それを消耗する形でしか対応できないとなると、さすがに難しいと思う」
「もし可能であるならば、倒せるようになりたいと思いますか?」
さらなるミーシャの問い掛け。それに対しセリスは小さく頷いた。
「それはもちろん」
「わかりました」
ミーシャは確認の答えを聞いて深々と頷いた。
「さすがにエルクばかりに頼ってもいられないのは間違いありませんし、そろそろ蒼き女神として活躍したいところでしょう」
「……別に名声を得るためにやるわけじゃないけど」
「わかっていますわ。まあわたくしの方でも現時点において手があるわけではありません。しかし、可能性は存在している」
「というと?」
聞き返したセリスに対しミーシャは一つ提案した。
「組織から技術を奪って使えばよろしいのでは?」
――またずいぶん無茶苦茶なことを言い出したな。
「もちろんエルクのように取り込まれるリスクはありますし、魔物化といった可能性も考えられます。ですが、わたくしのように道具を扱えている事例もあります。セリス自身が力を手にできる可能性はゼロではないでしょう」
「……そういえば、ミーシャは道具を手にして平気だったの?」
「エルクのように取り込まれたわけではありませんからね。わたくしの場合は他者を支援する性能に特化していたため、という見方もできますが……組織はこの力を研究している。そしてあなたの師匠のように仕込みができるような人間がいることからも、組織の上層部はある程度力の恩恵を受けている……場合によっては力を制御している可能性もある」
世界を滅ぼす力を、か……ただ、今後戦力を増やそうとするなら、ミーシャの提案が何より効率的かつ、唯一の方法であることもまた事実。
「危険は承知しています。しかし、セリスが戦えるようになるためには、その危険な領域に踏み込む必要がある」
「……正直、私の意志だけでは判断できない」
ミーシャの提言に対しセリスはそう応じた。
「私自身、戦いたいという思いはある。でも、私という存在は好き勝手やっていいというわけでもない……相談をしないと」
「わかりました。どうすべきかという判断については、セリスに任せましょう。ただ、仮に安全性が担保されているような道具が目の前に現れたら……」
「その時は、改めて考える……私が手にするのか。それとも他の誰かが手にするのか……」
――セリスの表情が次第に決意を帯びていく。彼女は皇帝陛下を始めとして信頼できる人へ相談はするだろう。でももしミーシャの言うように安全が保証されているような状況で力を得る機会があれば、それを逃すようなことはしないだろう、と俺は思う。
彼女は戦力になれなくて歯がゆい思いを抱いているのは間違いないし……ただ、ここを上手く突かれると危険だ。相手はセリスの師匠。場合によっては彼女の心理を利用して作戦を組み立ててくる可能性がある。
力に取り込まれるようなことは絶対にないよう、立ち回る必要がある……同質の力を持つ俺が、最後の砦だ。必ず、彼女を守り抜いてこの戦いに終止符を打つ――
『気合いが入っているな』
ふいにジャノから声がした。
『エルク、今はまだそちらの力が頼りだ。もう少しばかり訓練量を増やす必要があるだろう』
「わかっている……ここが踏ん張りどころだ。多少きつくてもやり遂げるさ」
「……ごめん、エルク」
そこでセリスの謝罪。しかし俺は首を左右に振る。
「やるべきことをやっているだけさ……俺は公爵と関わった人間だ。そうである以上、俺も無関係な立場とは言えない。事件解決に全力を尽くすよ」
「……ありがとう」
礼を述べるセリス。俺は「当然だから」と応じつつ、彼女と目を合わせる。
――いつのまにか頼られている状況。だが、これは俺が望んだ形ではない。こんな無理矢理舞台に立たされるような状況は、決して望んではない。
力を得たこと自体は、良いと俺は思う……過程は極めて無茶苦茶だが。世界を滅ぼせる力……それを利用し、世界を救う。この戦いをやり終えた後、俺の名は帝国内で響くことになるかもしれない。
それを利用しようというつもりはないけれど……この戦いを通して、セリスと政治的、社会的な意味でも対等になることができたら……そんな考えが頭の中でほんの少し掠めたが、俺は即座にその思考を振り払う。
「……ミーシャ、いざという時に備えて俺達に助力できるような態勢を整えておいてくれ」
「ええ、当然」
俺の言葉にミーシャは頷く……彼女もまたセリスのことを守るべく尽力しようとしている様子。それを頼もしく思いつつ、話し合いは終わりを迎えたのだった。




