表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/121

漆黒に飲まれた先

「これはとある遺跡で見つけた物だ。球体の内には膨大な力が眠っているのだが、それを外に出すことができない……色々と検証した結果、この球体に宿る力は自身に適合した存在でなければいけないらしい」

「適合……?」

「道具が使用者を見定めているということだ。君が認められるかは不明だが、先も言った通り試してみる価値は大いにある。認められれば、君は勇者さえも超える存在となれるかもしれない」


 勇者を――その言葉は今の俺にとって魅力的に聞こえた。ただ道具に眠る力を用いる……果たしてその力は大丈夫なのかという懸念はあるのだが……今の俺が力を求め、自分自身が納得できる強さを得るためには、何かしらリスクを背負う必要があるだろうとは考えていた。

 俺は黒い水晶球を見据える。吸い込まれるような漆黒は不気味で、しかし内に秘める魔力がそうさせているのか――視線を外すことができない。


「色合いは黒で君自身少し戸惑っているかもしれないが、これは力が封じられた素材がたまたま黒かっただけだ。球体の内に眠るのは純粋な力。おとぎ話に出てくるような闇の力だとか、そういうものでないことは私が保証しよう」

「……この道具を渡すために、今日わざわざここへ?」


 俺の質問にラドル公爵は頷いた。


「そうだ……姪の婚約者である君は、私にとって家族に等しい。そうした者の悩みを聞くのは、当然だろう?」


 ……純粋な親切、ということなのだろうか。俺は戸惑いつつ「ありがとうございます」と礼を述べた。

 ただ、俺はどうすべきか迷った……が、公爵は手で俺に水晶球へ触れるよう促す。


 頭の隅で、少し考えるべきだと警告を発していた……公爵に言われるがまま行動に移すのは良くない。そんな風に考えたのだが、


「――これは所詮道具だ。道具は人の使いようによって変わるもの。力を得たら、君自身が思うがままに行動すればいい……力を得て魔物を倒せる技術と力を得たら、皇女も喜ぶだろう」


 皇女――婚約者であるセリスのことが頭に浮かび、俺はとうとう手を伸ばした。頭の中にある警告も、力が欲しいという願いの前に無視する結果になる。

 そして漆黒の球体に手を触れた瞬間、内に秘められた力が開放され、漆黒が俺へ襲い掛かってきた――






 今日の出来事が鮮明に蘇った時、視界は完全に漆黒に包まれていた。


 そして胸の内に後悔が生まれた……どうして力が欲しいと願ってしまったのだろう。胸の内に閉まっておけば良かったかもしれないが、俺は公爵に言ってしまった……いや、もしかすると何も語らずとも、公爵は俺を利用するために力を得るべきだと誘導したかもしれない。


 どちらにせよ、俺が漆黒に取り込まれたのは事実であり、帝国を揺るがす大事件が起きるだろう。公爵は帝国に反旗を翻し、戦いが起きる……ルディン領の人達も、帝都の人達も……その全てが戦渦に巻き込まれるだろう。俺はその身来に絶望し、また果てしない後悔に苛まれたし、申し訳ない気持ちで一杯だった。


 ただ、そんな後悔すら程なくして闇に飲まれ死ぬのだろう……そんな自覚をしつつ、頭は働き、過去の情景を思い起こす。

 走馬灯と呼ばれるものだと認識しつつ、俺の意識は過去へと潜っていく――そういえば何かの文献で見た。過去のことを思い出していくのは、死の危機が迫る中で助かる方法を過去から引き出そうしているためだと。けれど、辺境で領主をやっている俺に、現状から逃れる術はない。


 俺の意識は幼少の頃まで遡る。セリスと出会う前、まだ両親が生きていた頃。それを抜け、さらに過去へと進んだ時――予想外なことが起こった。

 頭の中に、さらなる記憶が飛び込んできた。それは幼少の頃の記憶ではない。ましてや、物心が付く前の赤ん坊の時でもない。それよりも前、俺が生まれるより前の出来事。


 平常時ならば、単なる夢か妄想で済ませていた話かもしれない。しかし、死の淵にいた俺は、心のどこかで確信した。

 それは――死の直前まで思い出すことがなかった、前世の記憶であると。






「――悪い、待たせた」


 書店から出ると、入口付近で待っていた友人達に俺は声を掛けた。

 二車線の道路が存在する、地方都市の大通り。時刻は夕方で、俺達は通っている高校から最寄りの駅へと向かっている途中だ。


 周囲にいる友人は全部で三人。全員男子で、ここ最近は駅まで四人喋りながら帰るのが日課となっていた。


「何の本を買ったんだ?」


 友人の一人が声を上げる。そこで俺は袋に包まれた本を取り出した。

 それは漫画本。題名は『クリムゾン・レジェンド』といい、表紙には赤い剣を握る黒髪の主人公と、メインヒロインである青い髪の女性が描かれていた。


「ああ、そういえば最終巻だっけ?」

「そうだよ。雑誌で追い掛けていたけど単行本も買っていたから」

「アニメはまだ続いているけど、本当に終わったんだなあって感じだな」

 友人の言及に俺は小さく頷いた。


 ――この『クリムゾン・レジェンド』という漫画は、俺達の世代にとってもっとも影響力のあった漫画と断言できる。連載期間はおよそ十年。俺にとって物心が付いた時から連載していた、今年十八となる自分の人生と共にあった漫画。週刊連載の漫画で、内容は王道の中世ファンタジー世界における成り上がりだ。


 主人公は冒険者として様々な戦士と出会いを果たし、魔物を倒し成長していく……連載当初は「どこかで見たような設定」だとか「すぐに打ち切りだろ」とか散々な評価だったのだが、物語が進むごとに上がっていく画力と、冒険活劇から始まった物語がどんどんとシリアスに傾き、主人公が活動する帝国の崩壊――その辺りから、怒濤の展開によって多くの読者を引きつけた。

 ラスボスは、主人公の故郷の領主であるエルクという人物……だが、実際は謀略によって無理矢理力を与えられ、その力自体が自我を得て帝国を――ひいては世界を滅ぼそうとした者。漫画では邪神と呼ばれ、依り代となってしまったエルクの名前と合わせて邪神エルクと呼ばれていた。


 皇帝の地位を簒奪しようと企む公爵によって邪神の力を得たエルクは、公爵の指示に従い暴虐の限りを尽くす。公爵は邪神を思いのままに操り、皇帝という地位を得るはずだったが……その途上で邪神が裏切り、公爵を滅ぼし世界へ宣戦布告をする。そうして人類と邪神の戦いが始まった。

 そうしたラスボスに、主人公は冒険で得た赤き剣を用い、挑んでいく……故郷は邪神によって滅ぼされ、冒険活劇が次第に復讐譚となっていった――そして、彼と共に戦っていたのが、邪神エルクによって滅ぼされてしまった帝国の皇女。エルクの婚約者であったセリスだ。


 漫画的な立場としては悲劇的なヒロインと言うべき存在だが、主人公と結ばれることはなかった。最終的に彼女はエルクの領地を引き継ぎ、その土地の領主になる……というのが雑誌掲載における最終回。

 単行本では後日談が語られるとのことで、俺はそれを読む意味もあって購入したといっても過言ではない。友人達が談笑する中で、俺は漫画をパラパラとめくり始める。毎週楽しみに雑誌を買い、毎週毎週穴が空くほど読んだ。よってページをめくって一瞬見るだけでどの場面でどんな内容をはっきりと思い出せる。


 そして俺は後日談の部分に到達した。内容的には主人公やその仲間、セリス皇女のその後が描かれていた。


「……ま、無難な終わり方かな」


 皇女は主人公の故郷でもある領地を復興させるために全力を尽くし、一方で主人公は荒廃した世界で人々を守るために剣を振るう。そうした内容が描かれ、結局皇女はメインヒロインながら誰とも結ばれることはなかった。

 後日談として子孫の話が描かれたりとか、あるいは子供が生まれているみたいなエンディングもある中、この『クリムゾン・レジェンド』はそうした結末を選択しなかった――世間の評価はどうなのかわからないけど、俺としてはこういうのもありか、と思った。


 読後感としては悪くなく、俺は家に帰ってじっくり読もうと思い鞄に漫画をしまった。友人達はなおも雑談をしていて、俺もそれに加わろうと口を開こうとした。

 その時、一人が何かに気付いた。次いで俺へ向け叫ぶ。何事か、と思った矢先俺の体に黒い影が覆い被さった。


 ――そこから先のことは、俺自身よくわからなかった。確実に言えることは、俺は何かの衝撃を受けて吹き飛ばされ、歩道に倒れ込んだということだけだった。

 暴走した車でも突っ込んできたのか、それとも横にあったビルから何かが落下でもしたのか……衝撃によって俺は倒れ、そのまままぶたがゆっくりと閉じていく。


 最後、吹き飛ばされた衝撃で手元から離れ地面に落ちた鞄が見えた。同時、漫画は無事かなという、どこか呑気な考えが頭に浮かんだのだった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ