敵の探り
客室で話し合いの際、俺はミーシャにジャノのことを説明し、実際に黒い球体をテーブルの上に出して説明を行った。その結果、ミーシャは黒い球体を見据え言った。
「面白い御仁ですわね」
「……感想、それでいいのか?」
俺が問い掛けるとミーシャは肩をすくめ、
「他にどう答えようがありますの?」
「……まあ、嫌悪感を持たないだけマシか」
「それより、あなたのことが気になったのですが」
――ちなみに話の過程で転生云々についても説明はした。別に隠しているわけでもないし、情報共有した方が良いという判断である。
「あなたの前世についてもう少し詳しく知りたいのですが」
「気になるのは仕方がないけど、話の本筋とは大きく異なるからひとまず今日のところは勘弁してくれ」
「ならば後日、話を聞きに伺いますわ」
「…………」
たぶんその時は、一日中根掘り葉掘り聞かれるのだろう……覚悟しておくとしよう。
「それで話を戻すけど……今後についてはどうする? まず、リーガスト王国に引き続き帝国の要人を捕まえるというのは……」
「公爵のことを考えれば難しいかな」
そうした結論をセリスは述べた。
「公爵が魔物化する力を付与されていたということを踏まえれば、他に仕込みをされている人がいてもおかしくない……というより、現在進行形でそうした作業をしている可能性だって考えられる」
「セリスの師匠について監視するとかは可能なのか?」
俺の問い掛けにセリスは首を左右に振った。
「あの人は帝国の権力的にも上位にいる。皇族が疑いを掛けて監視するにしても支持者も多くて反発する危険性が高い」
「……そもそもここでセリスの師匠に対し行動したら、組織と関わりがあるだろうと国が疑っているも同然。魔物化を仕込んだ人間を無理矢理動かして混乱させるなんて方法をとってくる可能性もあるな」
「現状、手出しをするのは難しいかな……」
セリスを含め皇族でも……というより、それだけの権力を得ているからこそ、疑われずに仕込みができるということか。
あるいは、これだけの権力を有するまで機会を待っていた……前世における漫画ではその全てが公爵と邪神エルクによって瓦解したが、それだけ邪神の力がとんでもない、という話なのだろう。
「それじゃあ、どうするんだ?」
俺の問い掛けにセリスとミーシャは一度沈黙……やがて話し始めたのは、ミーシャだった。
「当初の予定ではリーガスト王国の騒動が一段落したら帝国の方に、というつもりでした。リーガスト側が情報提供をしたという形で動き、組織の構成員と外部協力者を捕まえていく……密かに準備も進めていたのですが……」
「今動くとどうなるかわからない、と」
俺は呟きつつ思考する。最悪内乱が発生する……しかも公爵に施された魔物化のことを考えると、俺が前世で読んでいた漫画よりも被害が大きくなるかもしれない。
「現状ではリーガスト王国内で捕縛を留めておくのが無難でしょうね」
ミーシャが言う……その言葉に俺は反応する。
「だが、そうは言っても相手がおとなしくしているとは思えない……公爵がここを訪れたのは組織の拠点が壊滅したことによる情報収集であるのは間違いない。組織側には拠点が壊滅した事実に加え、それをやったのがセリスやミーシャの手によるもの……そこまで推察していると考えた方がいい」
「ええ、そこは考慮に入れるべきでしょう」
俺の発言にミーシャは同意。ではどうすべきか――
「セリスが関わっていることから、皇族に伝わっている可能性が高いと思うことでしょう。なおかつ、わたくしが動いている点も」
「……ということは、既に手遅れか?」
「いえ、まだでしょう。わたくし達がどういった情報を手に入れているのかについては、詳細を手に入れていない。こちらが組織の構成まで把握しているとわかっていれば。公爵を含め回りくどいことをせず戦力を集め反乱を起こしていてもおかしくありません」
――大規模な反乱が起きるかどうか、ギリギリのところで踏みとどまっている、ということか。
「敵はまだ探りを入れている。しかしその中で公爵が滅んだ……これは相手が動く可能性を大いに孕んでいますが、同時に敵の動きを縫い止める一手にもなる」
「というと?」
聞き返すとミーシャは俺とセリスを一瞥してから述べた。
「公爵に仕込んだ力の恐ろしさは、仕込んだ人物自身がわかっているはず。それが被害もほとんどなく滅んだとあれば、倒すだけの戦力があると警戒するところでしょう」
「……なるほど、あえて公爵のことを公表して敵に警戒させ、動きを止めようってことか」
策としては十分機能しそうだけど……俺はセリスを見る。
「セリスの師匠には効果がありそうか?」
俺が問い掛けると、彼女は少し考えた後――俺とミーシャへ向け口を開いた。




