公爵を止める
「――エルク!」
セリスの声ではっとなった。気付けば俺は剣を振り下ろした体勢で固まっていた。
そして目の前に、いつの間にか四肢を再生した公爵――俺は即座に剣を構え直す。直後、公爵が口を開け、
――オオオオオオオオッ!
獣の咆哮同然の声を上げた。それは周囲を響かせると共に、復活を遂げたと意思表示をしているように見える。
『エルク、大丈夫か?』
そこでジャノが声を上げた。
『公爵を斬った直後、動きが止まったが』
「……それは後で話す。ジャノ、そっちから公爵はどういう状況かわかるか? 今にも滅びそうな状況から復活するなんて」
『崩壊寸前だったのは間違いない。だがそこから復活したのは、単純に我と同質の力を持っていた、だけが理由ではなさそうだ』
「仕組みとかわかるか? 例えば大気中の魔力を吸収したとか。そういう仕組みがわかれば、再生能力を封じることができるかもしれないが」
『少なくとも我が見た限り、魔力を吸っている様子はなかった。自前の魔力が残っていて、そこから再生したのだろう』
会話をする間に黒い炎を噴き上げながら公爵は声を止め、俺を見据えた。
『警戒しているな……公爵の自我があるのかは不明だが、エルクのことを見定めるだけの理性は有しているらしい』
「さっきみたいに一気に決着とは……いかないか」
――先ほどの攻撃は、セリスが持っていた力を利用したものだ。それが尽きてしまった今、新たに策を考える必要がある。
だが、すぐに思いつくものは一つしかなかった。
「セリス! ミーシャを呼びに言ってくれ!」
「で、でも……」
「その間は俺が持ち堪えるから!」
俺の言葉にセリスはなお戸惑った様子だったが、やがて小さく頷き、
「わかった……できるだけ急ぐから!」
セリスが動き始める。途端に公爵がそちらへ体を向けようとしたが、俺は魔力を発し相手を威嚇する。
「公爵、あなたの相手は俺だ」
言葉と同時に公爵の体が俺へ向く。
『……状況は最悪だな』
やがてジャノが呟いた。
『屋敷に近しい場所であるため、まず屋敷と人を守る必要がある。他の場所に移動するにしても向こうはそれに乗るとは思えない』
「守りながら戦うというわけだ……加えて、現状で公爵を倒すことは難しい……か?」
そうは言うものの、先ほど公爵が行った再生……それには多大な魔力を消費しているのではないか?
「ジャノ、そっちから見て公爵の魔力は減っているか?」
『多少なりとも、だな。再生のために魔力を消費しているのは確実だが、だからといってこのまま斬り続けて魔力が枯渇するかどうかは、やってみないとわからん』
「……俺にやれることはそう多くない。ここは僅かな可能性に賭けてやるしかないな」
『このまま戦い続け、魔力を減らし続けるか』
その時、公爵が動いた。滅びる寸前から再生したばかりだが、恐ろしく俊敏で瞬きをする時間で間近に迫ってきた。
次いで放たれたのは拳。俺の顔面を狙う軌道のそれを、こちらは剣を盾にして防ぐ。
拳と刃が再び激突し――魔力が突風を伴って拡散。竜巻すら発生しそうなその風が屋敷に直撃し、建物自体を揺らした。
「このまま戦い続けたら直接的に破壊がなくとも屋敷が無茶苦茶になるな……」
『修理代は国に請求するしかあるまい』
「まあそのつもりだけど……後は、使用人達が逃げてくれればいいけど」
護衛の騎士などが玄関扉を開けて様子を見に来るだけでも危険だ。公爵を刺激して何をしでかすかわからない。
だが、今更警告を発するために屋敷へ戻るのも無理だ。目前にいる公爵を食い止めるため、ここで戦い続けるしかない。
体力的に問題はない。セリスがどのくらいの時間で戻ってくるかわからないが、転移魔法を使うのであれば長くてせいぜい数時間程度だろう。
ならば、それまで耐える……いや、守勢に回っているだけではまずいか。むしろセリス達が戻ってくるより前に、俺が仕留めるくらいの気概でなければ――
公爵が一度後退する。そこで俺はあえて前に出た。剣に魔力を乗せ、その体目がけて剣を振り下ろす。
それに公爵は拳をかざし防ぐことで応じた……ガキンと金属に当たったかのように俺の剣戟は止まる。だが、無理矢理力を入れて振り抜くと――肘から先を、両断した。
セリスの援護がなくとも、腕を両断することはできる……が、公爵は一歩後退しながら即座に腕を再生した。黒い炎が噴き上がって一瞬で元通り。そんな様子を見て俺は、
「斬られた痛みもないのか?」
『確かに、斬られることによって動きが鈍ることもないな……痛覚は既にないのかもしれん』
「だとするとどれだけ斬っても動きは変わらないだろうな……ま、そこはあまり期待していなかったし、考慮には入れていなかったけど」
公爵の両腕から黒い炎が湧き上がる……先ほど攻撃を防いだが、余波だけで屋敷には相当被害が出る。
「ジャノ、公爵の攻撃を防ぎつつ、その魔力を相殺とかできるかな?」
『被害を抑えるために、か』
ジャノは質問に対する意図を理解し――公爵が仕掛けてくる前に回答を示した。




