組織討伐
さて、今回はどんな厄介事を……来訪したミーシャに対し心の中で呟きつつ、言葉を待つ。とりあえずカップを手に取りお茶を飲みつつ――
「単刀直入に言います。エルク、あなたセリスと共に魔物を倒していますわよね?」
お茶、噴き出しそうになった。変なところに入ったためカップを置いて俺は咳き込む。
「その技量を見込んで、協力して欲しいことが」
そして咳き込む俺を無視するかのように話を進めていくミーシャ。ここで咳が止まった俺は彼女を手で制し、
「待て待て……俺が戦っていることについては疑問に思わないのか?」
「そこはまあ、何かあったのでしょう? その点については特に言及しませんわ」
気にはなっているのかもしれないが、力を得ているという事実が重要で特段気にしないらしい……理由を尋ねられても困るだけなのでこれはこれでいいのかもしれないが。
「えっと、協力して欲しいこと?」
「はい。これは魔物を倒しているあなたにも関わっているかもしれませんが」
そう前置きをして、ミーシャは語る。
「あなたが倒した魔物を生み出した存在の拠点が、山岳地帯にあります」
――内容に俺は目を見開いた。
「拠点が山中にあるのか……!?」
「その様子だと、どうやら探してるようですわね。ただあなたはここを長期間離れることはできませんので、セリスが探し回っているといったところでしょうか」
推測を述べたところで、ミーシャは話を進める。
「リーガスト王国内によからぬ動きをする人間が出ており、わたくしは色々と調べていたのですが、その中で山岳地帯を使い魔で調査していた時、拠点を発見しました」
「……リーガスト王国で?」
聞き返す俺。その話が本当なら、魔物を生み出した組織はゼルティア帝国とリーガスト王国にまたがって活動していることになる――
「拠点があるのはわかったけど、それと魔物との因果関係は確定しているのか?」
「あなたが倒した魔物……岩場に留まる漆黒の球体についてですが、拠点から出た人間があの場に生成するのをわたくしが使い魔を通して確認致しました」
なるほど……それならほぼ確定か。ただ、
「明確な物証はないよな? さすがにそういうのがないと捕まえるのは――」
「リーガスト王国内で、魔物の生成を行っていた人物が犯罪組織に関与し、色々な実験に関与していた証拠を発見しました」
なるほど……ミーシャとしては追い込んでいるわけだ。なら拠点に踏み込んで――
「よって、討伐を行います」
「……討伐?」
ミーシャの言及に俺は思わず聞き返した。
「捕まえるんじゃ?」
「いえ、討伐です。得た資料から、拠点にいる人員……魔物作成に関わった人員は、例外なく魔物化という処置を受けています。彼らは既に人を捨てている……故に、討伐しますわ」
――そう、か。俺は小さく頷き話の筋を理解する。
ミーシャはリーガスト王国で不穏な動きがあって独自に調査を行った。それにより魔物を作り出す組織を発見し、討伐しようと動いている。
「……組織の構成員について、どこまでわかっている?」
俺は質問をするとミーシャは、
「山岳地帯で魔物を動かしていることから想像できるとは思いますが、リーガスト王国とゼルティア帝国双方の人間が入っているでしょう。ただ、組織としては魔物を生成し人を辞めた構成員と、外部の協力者とに分かれている様子。その中で判明しているのは一部の構成員だけです」
……ふむ、外部の協力者か。ラドル公爵はここだな。あの人が魔物化している様子もなかったし。
そして漫画の展開を踏まえると、外部協力者として情報を持っていた公爵が邪神によって傀儡となった俺をけしかけ、魔物を倒し力を取り込んだ、ということか。
「帝国側の構成員に関する情報はあるのか?」
さらなる疑問に対し、ミーシャは頷きつつも、
「構成員同士でやりとりをしていましたからね。しかし、外部の協力者については一切わかりません。そういう人物がいるというだけで……」
「……情報を秘匿しているわけか。よほどの重要人物か」
「あるいは、資金源なのかもしれません。さすがにパトロンの情報を不用意に出すことはないでしょうし」
ラドル公爵は資金提供をしていたのかな……まあとにかく、状況は理解できた。
「拠点についてはわかった。それで、俺に協力して欲しいこととは?」
予想はできるけど……こちらが尋ねるとミーシャは、
「その腕を見込んで、私と共に拠点制圧と、討伐をお願いしたいのだけれど」
「帝国の人間も関わっているのであれば、やらないわけにはいかないな。ただ、山中に拠点があるなら相当な準備が必要だ。まずはセリスへ連絡して――」
「その必要はありませんわ」
と、俺の言葉を遮るようにミーシャは言う。
「今から私と共に拠点へ向かい、討伐を行います」
「……は?」
彼女の言及に対し、俺は目が点になる。
「ちょ、ちょっと待て。今から!?」
「はい」
「えっと……既に討伐隊の準備があるとか?」
「ええ、既に山中にいます」
あまりに唐突――ただ、王女であるミーシャが直接向かうのは意味不明なのだが、
「……俺達の戦いぶりを観察していたのならわかると思うが、敵は生半可な能力じゃないぞ。どれだけの人数を用意しているのかわからないが――」
「人数としては、リーガストの騎士が三十名ほどです」
「三十名!?」
山岳地帯へ踏み込むには多い……のだが、想定する敵と戦う場合には、かなり心許ない人数ではないだろうか。
そんな俺の考えを読み取ったか、ミーシャは俺と視線を合わせた。
「ご心配なく、少人数でも討伐できる方法がありますの」
そして彼女は不敵な笑みを浮かべて言う。
「手法については実際に見てもらった方が早いと思いますので、ここでの説明は省略しますわ」
「いや、説明してくれ……」
そう言ったが、彼女の方は話す気がない様子。それはやっぱり説明が長くなるので面倒という態度だ。
「はあ、まあいいや……ミーシャとしては何かしら手があると」
「ええ」
「ミーシャも戦うのか?」
「そうですわね」
……敵の能力を把握できていないことで、思考がお花畑になっているのか、とか色々考えたのだが、ここで「止めるべきだ」と言って聞くような相手ではない。
むしろ同行して危機的状況になったら抱きかかえてでも逃げる、とかの方がたぶんいいだろう。
「……わかった、帝国に関わっていることだし手は貸すよ。ただ、さすがに帝国側に報告をしないとまずい」
「外部協力者には帝国でも権力を持つ方がいる可能性がある以上、報告すれば情報が漏れる危険性があります。事後報告という形でお願いしたのだけれど」
「今から討伐に向かうならそうなるよな……ならセリスに伝える。魔物討伐が終わった後、使い魔を渡されている。それでミーシャと共に討伐へ向かう報告をするよ」
セリスとしては唖然とするような内容だろうけど……と、ここでミーシャは反応。
「使い魔?」
「小鳥の使い魔だよ。足に手紙をくくりつけて飛ばせば、所定の場所まで届けてくれる」
「なるほど……ではセリスに連絡を。使い魔を飛ばしてから、早速討伐へ向かいましょう」
大丈夫かなあ……いや、もしもの場合は俺がなんとかしないといけない。
『大変そうだな、エルク』
そして頭の中にジャノの声が響く。彼としても俺から記憶を引き出し、彼女の強引さを理解しているが故の言及だ。
……とりあえず、覚悟は決まった。そんな俺の心境を他所に、ミーシャはどこまでも笑みを浮かべているのだった――




