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来訪者

 セリスを含め山へ入った者達は屋敷で一泊し、翌日屋敷を出てルディン領から去った。

 残された俺は、昨日セリスに言われたとおり修行をすることにした。


「さすがに屋敷の中ではできないから、外で……理由はいくらでも作れるし」

『とはいえ、連日外へ出るのも違和感が出るだろう。我が力を秘匿するなら、多少なりとも注意はしたいところだな』


 俺はジャノと色々と相談しながら力の制御について作業を進めることに……結果、勇者アルザとの戦いで得た剣術――それがかなり良い働きをしていることがわかった。

 魔力の制御方法とか、どうやって体を強化して動くのか……それらが体に備わっている。たった一度の戦いでこれなら、他の勇者や騎士と訓練とかすれば、どうなってしまうのか――


『修行そのものは順調に進みそうだな』


 俺の訓練風景を眺めジャノはそう言った。


『剣を振る、という反復作業を繰り返し、魔力を練り上げ、動かすことに慣れる……それだけでも、続ければ勇者アルザと戦った時よりもさらに強くなれるだろう』


 ジャノの言う通り、剣を振るごとに力が体に馴染んでいくように思える……かといってこの力が自分の魔力と混ざるようなことはない。一体、これはどういう力なのか、と疑問に思いつつ、俺はいずれ来るであろう決戦に向けて修行を重ねる。

 そして――新たな変化が訪れたのは、セリスが屋敷を去ってから十日後のことだった。






 その日、俺は起床した後、朝いつものように剣を振って朝食をすませ……そこから部屋に戻ってさて今日は何をしようか悩んでいた時、侍女が俺の部屋にやってきた。


「あの、その……」


 ずいぶんと困惑した表情であったため、俺はどうしたのか尋ねた。内容を聞いた結果、俺は困惑しつつ部屋を出た。

 客人が来た――ということなのだが……俺は屋敷の入口へ。玄関扉を開けると、その人物がいた。


「およそ半年ぶりですね、エルク」


 女性の声――夕焼けを想起させる赤い髪を後頭部で束ねている――いわゆるポニーテールという髪型を持つ人物。

 先ほど発した声はハツラツとしたもので、腕組みをしながら俺と相対している……セリスと並ぶ美貌を持つのだが、その印象は正反対。髪色もあってセリスが誰でも親しみを抱くのに対し、彼女と対峙する人間は誰もが背筋を正してしまう……そんな雰囲気を持つ。


 まあ、俺の場合は少し違う……というか、彼女とは知り合いで発している気配も慣れているためだ。ただ、彼女がこの場所へ来ることはあまりない……というか、来るはずがない。

 格好は白を基調とした士官服のような物を着ている……普段はドレスに近しいお出かけ用の衣装なのだが、今日のところは動きやすそうな服装。これは山岳地帯に入る場合着る服であり、単に会いに来たわけではないのだと明瞭にわかる。


 そんな彼女の名は――


「……ミーシャ」


 名を告げると女性――ミーシャは笑みを浮かべた。セリスが見せる柔らかな微笑ではなく、不敵なものだった。


「あなたに用がありまして」

「……唐突だな。しかも、いつもなら事前に通達があるはずだよな?」

「今回ばかりは少しばかり事情がありますの」


 事情……俺は彼女の背後に視線を向ける。従者などはおらず一人――


「……付き人は?」

「今日はわたくし一人ですわ」

「一人……!?」


 驚愕しつつミーシャへ視線を送る。当の彼女は気にする風でもなく、今度は柔和な笑みを浮かべた。


 ――彼女の名はミーシャ。ミーシャ=レインテ=リーガスト。ゼルティア帝国から西、つまり俺達がいるルディン領の西――山脈を越えた先に存在する隣国。その王女である。






 なぜ隣国の王女が突然来訪したのか――疑問を浮かべながらも使用人達へ迎え入れる指示を出しつつ、俺は彼女のことを改めて思い出す。

 彼女との縁は、俺とセリスとが婚約してからできた。帝国とリーガスト王国が山岳地帯の調査を共同で行うということで話し合いの席が持たれたのだが、その際に俺とセリスは顔を合わせた。以降、リーガスト王国に関連する行事などで度々会い、時には交流と称してルディン領までやってくることもあった。


 ミーシャとセリスは友人関係であり、俺のいない所で交流もしている……リーガスト王国は帝国と比べると領土規模は十分の一程度。決して小国というわけではないのだが、帝国が大きすぎるため、比較するとあまり目立たない国だ。山に囲まれた国で帝国とルディン領から北、山を越えた先に街道があるため道は繋がっているのだが、自然に囲まれ難攻不落の国家として知られている。


 そんなミーシャだが、異名まで持つセリスと比べれば決して有名ではない……が、大きな違いがある。セリスは帝国内において第二皇女。彼女の上には一人の姉と二人の兄がいる。皇位継承権第四位――と、言いたいところだが帝国の憲法では皇位継承は男子に限られている。例外的なことも歴史的にはあったが、セリスは基本的に皇位に就くことはない。


 それに対しミーシャだが、リーガスト王国では男女問わず第一子に継承権第一位が与えられる。そして彼女は長女であり第一子。つまり、将来リーガスト王国の女王となる人物だ。

 そして、前世の漫画内で彼女の存在は……出番がなかった。というかリーガスト王国自体、モノローグか何かで邪神エルクに滅ぼされたと語られたのみ。よって、ミーシャのことについては元々エルクが持っている知識しかないのだが――


「……それで、突然来訪してどういった用件だ?」


 俺は彼女を客室に通し、テーブルを挟んだソファに対面で座って話をする。最初彼女は話さず、運ばれてきたお茶を飲み、一息つく。

 ルディン領にミーシャが訪れる場合、七割方面倒な話を持ってくる。基本的に山岳地帯にまつわる話であり、俺も無関係というわけではないのだが……。


 で、俺はミーシャの言葉を待つ……ちなみに思いっきりタメ口だが、これは幼少の頃より顔を合わせてきた結果である。彼女の方はお嬢様言葉みたいな口調なのだが、俺にとっては慣れ親しんだものなので、特に言及することはない。


「そう焦らなくてもよろしいのでは?」

「火急の話ではないんだな?」

「火急……ふむ、多少急ぐ必要があるかもしれませんが、お茶を飲むくらいの時間はありますわ」


 と、彼女はさらにお茶を一口。ミーシャのマイペースっぷりも俺は認識しているので、俺は諦めたように息をつきつつ、


「そもそも、従者もいないってどういうことだ?」

「諸事情で朝、城を一人抜け出してきたので」

「抜け出してきた……? いや、ちょっと待て」


 俺はそこで聞き咎めた内容について尋ねる。


「朝? 城を出てその足でここまで来たって言うのか?」

「そうですわ」

「ルディン領とリーガスト王国、山を隔ててどれだけ離れていると思ってる? 物理的に無理だろ?」


 セリスのような卓越した魔法を扱えれば高速移動の魔法とか候補に上がるが、ミーシャは多少扱える程度で、そもそも戦闘能力はほとんど持っていなかったはずだが――


「魔法を使用して、ですわね」


 けれど俺の考えを否定するようにミーシャは言った。


「最近、魔法を扱えるようになりまして」

「……急に?」

「色々ありまして」


 なんだそれ……事情を話してくれないのかと思ったが、どうやら語る気はないらしい。ただしそれは理由を語れないというわけではなく、話すと長くなるので説明するのが面倒、という雰囲気が見て取れた。

 ……まあ、彼女はこういった場合必要なこと以外話さないようなタイプなので、説明するのを待つしかなさそうだ。よって、


「わかった。なら本題に入ってくれ」

「ええ」


 促され、ミーシャは改めて俺へ口を開いた。



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