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勇者の暴走

 漆黒の塊は勇者アルザの中へ入り込み、当人は俺達に背を向けて佇んでいる。一方で俺やセリス――さらに勇者アルザの仲間達は黙し、彼の反応を窺うような状況だった。

 力に飲まれ、それでいて怪我とかはない様子だが……しかし、どうして勇者アルザは突然動き出したのか。


『……皇女の魔法に反応した際、意識を乗っ取られたのかもしれん』


 ここで頭の中にジャノの声が響いた。


『漆黒の塊へ歩む勇者アルザの表情は、どこか上の空だった。あの時点で既に力による影響を受けていた……もしかすると岩壁に貼り付くように存在していた漆黒は、宿主を探して待っていたのかもしれん』


(……宿主?)


 俺が胸中で言葉を発すると、ジャノは『うむ』と返事をした。


『力がむき出しになっていたわけだが、あの力はエルクが我に触れた際に生じたものと似通っていた』

(それが……触れていなくても、意識を奪い取るほどの力があったと?)

『そういうことだ』

(ということは、勇者アルザは力に取り込まれた俺と同じ状況になっているのか? だとすれば意識は……)

『エルクの時と同じかどうかは不明だ。エルクと勇者アルザとの違いは、元々の能力差だ。エルクは何一つ抵抗できなかったが、勇者アルザは違うだろう。意識を奪われようとしても抵抗すると思うが――』


 そこまでジャノが説明を行った時、勇者アルザが俺達の方へ体を向けた。顔は無表情であり、何を考えているのか一切わからない。

 だが、無機質な視線から俺は確かに感じ取った……勇者アルザが俺に放つ、殺気を。


「……まずい」


 俺が一つ呟いた矢先のことだった。勇者アルザは表情を変えぬまま、俺へと突撃を開始した。

 その速度は最初に戦った獅子の魔物に匹敵するほどであり――俺は即座に剣を抜き防御しようとした。けれど、その前に俺と勇者アルザの前に割って入る人物が。それは、ここまで帯同していた騎士の一人だった。


「勇者アルザ、何を……!?」


 声を発しながら騎士は勇者の突撃に応じようとする。それに対しアルザは速度を変えることなく、二人の剣が激突した。

 金属音が響くと同時、勇者アルザの体から漆黒の力が噴出し、天へと昇る。騎士はそれに驚き即座に後退を選択。対する勇者アルザはそこで、さらに魔力を噴出した。


 まるで魔物が放つ瘴気のようであり、同時に俺は先日魔物が放った音による攻撃を思い出す。勇者アルザはあれだけの音圧を発することはできない。その代わり、瘴気のような漆黒の力を噴出し――それが風に乗って俺達へと襲いかかった。


「ぐっ……!?」


 最初の直撃したのは俺をかばった騎士。彼は一つ呻いた後、ゆっくりと倒れ伏した。漆黒の力は一瞬で駆け抜け、それが通過した時、俺とセリスを除いた面々は、騎士と同様に倒れ伏した。


「……途轍もない力」


 セリスが呟く。彼女は瞬時に防御魔法を発したためか、攻撃は食らっていない様子。

 俺の方も漆黒の力を受けたが、ジャノの力を持っているためかダメージはゼロ。よって剣を構え勇者アルザと対峙する。


 彼は倒れた騎士に目もくれず、俺へと視線を注いでいる……相変わらず無機質な表情のままだが、それでも視線だけは殺気に満ちていた。


「……よっぽど俺に恨みがあるのか?」

『あるいは邪魔者だとして排除すべき対象と見なしているのかもしれん』


 ジャノの声。昨日、勇者アルザは俺に質問をしたわけだが……それで完全に納得しなかったか、あるいは深層心理ではまだ思うところがあったのか――どういう理由にせよ、彼の狙いは間違いなく俺だった。

 ただこれは好都合でもある。俺だけが狙われるという状況であるなら、やりようはいくらでもある。


 俺は即座に倒れる騎士から離れるように横へ移動した。途端、勇者アルザは俺への視線を外さぬまま――襲い掛かってきた。


「エルク!」


 セリスが叫ぶ。その間に俺と勇者の剣が、激突した。

 ガキン! と一つ大きい音が周囲に響き鍔迫り合いになる。激突する寸前に魔力で剣を覆ったため破損することはなかったが、もし何もできなかったら……間違いなく剣が両断されて勇者アルザの剣が届いていたことだろう。


 そしてあふれ出る漆黒の魔力……俺は即座に剣をどうにかいなしてさらに横へ逃れた。そこで勇者アルザは追随し、俺はさらに距離を置こうとする。

 気付けば立ち位置を入れ替える形となり、そこからさらに俺は後退し漆黒の力が存在していた岩壁近くに到達。それでも勇者アルザは追いすがり、俺達は再び剣を合わせた。


 衝撃はある……が、受けられる。この時点で俺は彼が取り込んでしまった漆黒の力と、彼が本来持つ魔力の総量をおおよそ把握できた。

 結論から言えば、俺の方が魔力が多い……ジャノの力を身に宿し、さらに魔物二体の力を取り込んだ結果、力を得た勇者よりも俺の魔力量は多い。


 あるいはここに存在していた力の総量がそれほど多くなかった、と考える方が自然だろうか……俺達は少しの間せめぎ合っていたが、やがて勇者アルザが一歩引いた。このままでは決着がつかないと判断したらしい。

 相変わらず表情はないままだったが……それでも戦闘については状況を把握し、動けるだけの思考が残っている。


『今のエルク殿なら、問題なく倒せるな』


 そしてジャノも、俺の判断を裏付けるように発言した。


『エルク殿の全力ならば、一撃で葬ることができるだろう』

「……少なくとも、倒せる相手なのは間違いなさそうだけど――」


 勇者アルザが動く。今度は姿勢を低くしながらすくい上げるような軌道を描く斬撃。俺は勇者の動きを理解しながらそれを防ぎ、一歩引いて動きを見極めようとする。


『エルク?』


 その間にジャノはさらに発言。だが俺はそれを無視し、追撃の剣を受け流すことに成功した。


『今のエルクならば、倒せる……が、その様子だと体を真っ二つにするつもりはないようだな』

「ああ、そうだな……ジャノ、一つ尋ねたい。力に取り込まれてしまった勇者アルザを、救い出すことはできるのか?」


 問い掛ける間にもさらに勇者から剣戟が来る。俺はそれを右へ左へ体を動かしながら回避する。


『例えばエルクが我の力を取り込んだ際は、貴殿が持っている力が少なかったため、本来ならばあっけなく力に飲み込まれ自我も消えていた。結果、公爵の操り人形になっただろう』


 そうジャノは自身の考察を語り始める。


『だが、勇者アルザの場合は……表情は生気をなくしているが、それでも彼自身が所持している技は剣に乗っている。完全に取り込まれているというわけではないかもしれない。だが、あくまで可能性の話だ』

「救える可能性は、あるんだな?」


 問い返す間にも勇者アルザからさらなる攻撃が。俺は剣を盾に防ぎつつ、横へ一度逃れた。


『あるにはある……が、一撃で倒すよりよほど難しいぞ。貴殿がこれまで行ってこなかった加減をする必要がある』

「具体的にどうすればいい?」

『取り込んだ力は現在勇者アルザの体に留まっているが、先ほど魔力を発し騎士を昏倒させたり、現在貴殿に刃を差し向けたりすることで、その魔力を消費している。このまま戦い続ければ、いずれ魔力が少なくなり完全に力が抜ける……そう推測されるが、それを待つには途方もない時間が必要だろう』

「現実的ではないと」

『うむ。であるなら、我が力を用い、勇者アルザが持つ力を消し飛ばす……我が力と勇者アルザが持つ力をぶつけ、相殺させると言った方が良いかもしれん』


 ジャノが語る内容……その難易度がどれほどなのか想像しかできないが、今の俺にとって極めて困難なことである――その点については、容易に想像ができた。


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