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勇者の疑問

 セリスと共に戦っていた勇者や騎士は全員治療を行い、その日のうちに回復した。結果、彼女は西に魔物がいると告げ、その討伐に向かうと表明。勇者達は同意し、翌日には動き出す運びとなった。

 なおかつ、案内役には俺が……その提案には勇者も屋敷の人間も驚いたが、最終的にセリスが説明をした結果納得し、同行することに。


 ともあれ実際に魔物と遭遇した場合、どうやって戦うのか……セリスとしては「私達がメインで戦う」と言っていたし、前回の戦いを踏まえて対策もするみたいだから、なんとかなることを願うしかない。

 そうして翌日、俺はセリス達と共に屋敷を出ることになった……案内役であるため俺は先頭を歩き、その隣にはセリスがいる。


 ――西の山は、南北の岩山とは異なり調査などで俺もかなり入っている。そのため登山道も整備されており、なおか、今回魔物の気配がする場所はルディン領内であるし、俺としても訪れたことがある。案内については問題ない。

 ただ、それなりに険しい道を進むため、時間は掛かる……予定としては一日進んで翌日に到達、という形になる。


 そのため、同行する騎士達は野営の荷物を抱え、移動してもらっている……人数が十人以上であるため進みは思った以上に遅く、俺達は休憩を挟みながら少しずつ山の中を進んでいった。


「山道が存在しているのが幸いだな」


 俺とセリスのすぐ後ろを歩く勇者が声を発する。振り返ると彼の視線は俺へと向けられていた。


「あなたはずいぶんと慣れているようだな」

「はい、何度も調査に入っていますから……西の山脈には鉱物資源が豊富なので、山に入ることが多いのです」

「この山道があるのも調査のためか?」

「はい、ルディン領の歴代領主が少しずつ開拓した結果だと、聞き及んでいます」


 俺の言葉に勇者は「そうか」と答える……その名はアルザ=マイレン。国にその武勇を認められた存在が勇者なのだが、彼の名は帝国内でもかなり広まっている。つまりそれだけの実力を有しているというわけだ。

 帝国の端っこにあるルディン領にも彼の武勇は届いている……さらに言えばもう一つ、前世で読んでいた漫画『クリムゾン・レジェンド』における彼の役割も理解している。


 勇者である以上、邪神となった俺との戦いでさぞ活躍したのだろう――と思ってしまうくらいの功績が彼にはあるが、実際には違っていた。彼は――


「……エルク殿」


 ふいにセリスの声がした。


「野営地が近いようですが……」

「では予定通りそこで休みましょう。時間的に夕刻には間に合いそうですね」


 俺は返答しつつ先へと進む。魔物の気配は周囲になく、平和そのもの。ただ、目標としている場所から、嫌な気配が漂っていることは今の俺にも理解できるようになった。

 最後の魔物を倒せば、ひとまず俺の役目は終わるのだろうか? そんな疑問を抱きつつ、野営予定地に到着。岩壁が突き出て屋根のような役割を果たしている場所で、雨などをしのげるため野営する場所として地図にも記載してある。


 荷物を運んでいる騎士が野営の準備を始める。一方で俺は何をしようか考えていた時、


「エルク殿、少しいいか」


 勇者アルザに声を掛けられた。


「目標地点への進路を一度肉眼で確認したい。一緒に見てもらえるか?」

「わかりました」


 すぐさま応じ、野営の準備を始める者達を置いて俺と勇者は歩く。少し先に崖が存在し、明日の予定ではその崖を迂回するように歩を進める形となっている。


「現在、目標地点は見えているか?」

「標高がまだ上の位置なので、実際に当該の場所を肉眼で確認できる状況にはなっていませんね。ただ」


 俺はある一点を指差した。


「少し尖った岩場があると思いますが、その先が目標地点です」

「そこまで障害はなさそうだ。魔物も多くはないため、予定通り辿り着けそうだな」


 勇者アルザはそう述べた後、俺へ視線を向けた。


「ところで……話は変わるが」

「はい」

「改めて確認だが、君はセリス皇女の婚約者で間違いないか?」

「はい、その通りです」


 途端、勇者アルザは目を細めた。俺に対し何事か考えている様子。

 それに対し俺は言葉を待つ……こんな風に話し掛けてくるケースは、セリスが活躍を始めて以降、数え切れないほどあった。相手は有力貴族、国に大きな評価を受けた騎士、あるいは成り上がりの商人……出自は様々だったが、全員なぜ俺に話し掛けてくるのかは、明瞭だった。


 ――お前はセリス皇女の婚約者だそうだが、果たして彼女にふさわしいのか?


「……そうした関係性について、どう考えている?」


 勇者アルザは問い掛けてくる……彼にとってこの質問は相当の重いものであるはずだが、俺にとってはひどく慣れ親しんだものであり、回答はきちんと用意できている。


「……私と皇女が婚約関係を結んだ原因は、政治的なものです」


 俺にとって幾度となく繰り返されてきた質問を、これまで通り答える。


「始まりがそうである以上、この関係は私の一存でどうにかなるものではない、というのがまず前提にあります」

「君がどう考えていようとも、全ての判断は皇帝陛下が決める、ということか?」

「はい。ただ、私自身が考えるところは……皇女のお考えが何よりも優先すべきものであるという点です。皇女が婚約を解消したいと表明すれば私はそれに従いますし、国の方針によって婚約関係を終了すると言われれば、私は承諾しますよ」


 ――そうした返答を聞いた勇者アルザは、硬質な態度を軟化させた。彼にとっては満足のいく回答だったらしい。


「そうか、君も政治的な要素が含まれる話だから、難儀しているようだな」

「私が持つ苦労など、皇女の苦労と比べれば極めて小さいものでしょう」


 俺の言葉に勇者は「そうか」と応じた後、


「では戻るとしよう……明日には辿り着けそうだな」


 あっさりと引き下がった勇者アルザは、仲間達の下へと戻る……その後ろ姿を見ていた時、


『漫画でも彼は同様の考えを持っていたのだろうか?』


 ジャノの声がして、俺は「どうかな」と首を左右に振りつつ、心の声で返答する。


(勇者アルザのことは描写されていたけど……ジャノもわかっているだろうが、すぐに物語から退場になったからな)


 ――漫画『クリムゾン・レジェンド』における勇者アルザの出番は、俺が邪神に取り込まれた少し後であった。

 ラドル公爵の行動によって、帝国内に戦乱が吹き荒れる。そうした中で邪神の力を持つエルクと勇者アルザが激突し――彼は敗北し、物語から退場となる。


 勇者アルザの出番はこれだけで、名うての勇者さえも敗北するほど邪神は強い……ということを示したかったのだと思う。つまり体の良い噛ませ犬。名声通りの活躍をすることなく退場、という形になるため、むしろネタ枠のような扱いさえあった。


 ただその武勇はしっかりと示されていた。戦闘が始まった当初、勇者アルザは邪神エルクを圧倒した。ラドル公爵でさえまずいと思うほどの状況だったが、猛攻を耐えた邪神が反撃に出て、やがて勇者の剣を完璧にいなし、最終的には邪神が勇者を圧倒した。


 それを思えば、彼のことを軽んじるわけではない……ただ、この世界ではもう邪神が現れることはない。つまり彼は死ぬことがなくなったわけで、結果としてどういう戦いを続けていくのか。


 先の発言からすると、彼はセリスの伴侶の座を狙っている……のだろうか。だとすれば――


「……場合によっては面倒事に発展するかもしれないな」


 注意しておこう……そう思いつつ、俺は勇者アルザの後を追い、セリス達のいる場所へと戻った。


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