最後の挨拶
全てが終わった後、俺達は帝都へ向かうこととなった。そして皇帝陛下へと報告を行い……そこから俺は、ルディン領へと戻るため馬車で移動を開始した。
決戦の地から帝都へ向かい、そして今領地へ向かっている間……何度もジャノへ呼び掛けたが反応はなかった。何が起こったのかは理解していた。だが、もしかしたら――そんな可能性を考え心の声でジャノの名を呼ぶ。
けれど、何も起こらない……どういうことなのかは、わかっていた。漆黒の球体を破壊するその寸前、ジャノは俺に力を注いだ。それが決定打となって球体を破壊できたわけだが、ジャノが託した力は、自我を構成する魔力も含まれていた。つまり、ジャノは俺に全てを渡し消滅したのだ。
その事実に対し、仕方がないと思う反面、ジャノ自身望んだ結末ではなかっただろうと思う……ジャノは死にたくないと思っていても、最後の最後で世界の滅亡を防ぐために――
俺はそれ以上考えなかった……やがてルディン領へ到着し、屋敷へ帰還。そこに残っていたイーデと顔を合わせ、事の顛末について伝えた。
「終わりましたか……ジャノについては、残念です」
「ジャノのおかげで、世界を滅ぼす存在について破壊することができた……最後の最後まで、ジャノに頼りきりだったな」
礼の一つでもしなければと思ったのだが、それが叶うことはない……イーデは俺の様子を見てそれ以上ジャノについて言及することはなく、
「私については、ミーシャ王女から聞いていますか?」
「いずれここに彼女が訪れる。その際に処遇を言い渡すと語っていたよ……ここで行われた研究によって、組織との戦いは勝利できた。彼女は決してあなたを悪いようにはしないだろう」
「わかりました」
「当面はここでゆっくりするといい。ただ、今後組織が保有していた力……世界を滅ぼす力について処遇を決める必要がある。場合によっては研究を禁止するなんて可能性もゼロじゃない。それは踏まえておいてくれ」
話はそれで終わり、俺は部屋へ戻る。組織との戦いが終わり、平和になった……前世で読んでいた漫画のような、犠牲が出るような展開にはならなかった。
戦いの結末としては、喜ぶべき結果……ジャノが俺の味方となったことで話が良い方向に進み、組織を倒すことができた……けれど、
「感傷的になっているな」
俺はそう呟く……犠牲がゼロというわけではない。戦いの中で消えたジャノについては、明確な犠牲だろう。
人ではないにしろ、今回の戦いにおいて一番の功労者であるのは間違いない……俺は息をつく。なんというか落ち着かない。戦いが終わって以降、頭がモヤモヤしている。
ただまあ、こういった感情もいずれ消えていくだろう……そんな風に思いつつ、俺はその日複雑な気持ちを抱えたまま……体を休めることにしたのだった。
そして――夜、眠りに就いた時、それは起きた。
「……あれ?」
真っ白い、何もない空間。そこに俺は一人、立っていることに気付いた。
次いでここがジャノと初めて会話を交わした場所であると理解し、同時にジャノが作り出した精神世界であることも思い出した。
だが、ジャノは俺に力を託し滅びたはず……そう考えた矢先、背後に気配。振り返ると、
『久しぶり、というわけでもないか』
目の前に漆黒の球体があった。それは人の頭部くらいの大きさで、空中に浮いている。
ただ、発せられる力は弱々しい……俺は目前に存在する漆黒に息を飲んだ後、
「……ジャノ、なのか?」
『そうだ。エルクとしては消えたと思っていただろう?』
問い掛けに俺は頷いた。
「呼び掛けても声が返ってこなかったからな」
『反応する余裕がなかった、と言うべきか。我自身が消え去る寸前まで、力を注いだからな。おかげで球体を破壊できたのだから良かったが、あれで失敗したら本当に終わっていた』
安堵するような声がジャノからもたらされる。俺はそれに苦笑し、
「本当にギリギリだったというわけか。でも、こうして生き残った――」
『ああ、しかしあまり時間はない』
ジャノはそう言った。俺は眉をひそめ、
「時間が……ない?」
『ゆっくり魔力が回復するのを待つ……という風にできれば良かったのだが、人間のように自然治癒とはいかないようだ。我は直に滅びる。今回ここへ招いたのは、最後の挨拶をするためだ』
「それは……最後の力を振り絞って、ということか?」
『そうだな』
ジャノは同意する。俺はそれ以上何も言わず、弱々しい漆黒を見据えるだけ。
『戦いが終わってから、エルクのことは見ていたぞ。ずいぶんとおとなしかったな』
「……張り合いがないと思っただけさ」
『そうか? とはいえ、我はいずれ消え去る運命だった。それが今かもっと後なのか、という違いでしかないぞ』
「……運命?」
聞き返すとジャノは『そうだ』と答え、俺へ向け話し始めた。




