最後の戦い
俺達は力が封じられた球体破壊のため、作業を進める……といっても俺の方は結界の外で天幕を見張るくらいなのだが。
『エルク』
そんな中でジャノが声を上げた。
『こちらも準備は整った……が、間近で確認しても力が封じられた球体はその全容を把握できなかった。蓄積しておいた力を増幅で強化しても……破壊できるかどうかはわからない』
「そうか……でも、やらないといけない。そうだよな?」
『うむ』
ジャノは同意する。
『あれは、間違いなく放置すれば世界を滅ぼす……エルクが前世で見た漫画どころではないかもしれん』
「あれ以上の惨劇が降りかかる、というわけか……」
『勝負は一瞬だ。セリス皇女の強化を受け、なおかつここまで蓄積した力を、一気に引き出し増幅させる。エルク自身が力を制御することは難しいかもしれないが、暴走状態になっても構わん。とにかく、ありったけの力をあれにぶつける……それ以外にないだろう』
「わかった」
同意すると共に、セリスが俺の後ろに立ったと気配で感じ取る。
足下には魔法陣が生じ、彼女が持つ杖の先端が俺の背中に押し当てられた。
「エルク、準備はいい?」
「ああ」
「ミーシャ、私の魔法が発動したら、結界を一瞬だけ開いて」
「わかりました」
その言葉の瞬間、足下の魔法陣が光り輝き俺の体を包む。
「いくよ、エルク」
「ああ」
彼女渾身の強化魔法が、俺の体に注がれた。凄まじい魔力が全身を駆け巡り、途轍もない高揚感が胸の内に溢れる。
落ち着け、と心の声をこぼした時、ミーシャの結界が少しだけ開いた。俺は歩き出し天幕の入口まで到達すると、後方で結界が再び閉じられる。
天幕の中へ。相変わらず少しずつ魔力を露出している漆黒の球体。そして目の前に相当な力を持った人間がいるわけだが、反応はない。
俺は剣を構える。ジャノの言う通り……勝負は一瞬だ。
「ジャノ、頼む」
『では――いくぞ』
蓄積していた全ての力を開放し、さらにその魔力が増幅し俺の剣や体に収束した。途端、体が破裂しそうなほどの衝撃と、凄まじい熱を感じる……俺はそれに対し歯を食いしばり、剣を強く握りしめ、
「――おおおおっ!」
声と共に、全力で剣を薙いだ。斬撃は漆黒の球体に直撃し、刃が確実に漆黒に入った。
だが、両断はできず止まる。直後、球体からは魔力が溢れた。それは斬撃により魔力が漏れ出たというわけではなく、道具に何かしら攻撃が加えられたことによる、防衛反応。
漆黒の魔力は俺の斬撃に対抗すべく球体そのものの硬度を上げる……少なくとも俺にはそう感じられた。破壊されないよう対策が仕込まれている……つまり、これを突破しない限り、破壊はできない。
「く、おおおっ――!!」
声を発しながら俺はそれでも球体を破壊すべく魔力を剣へと注ぐ。セリスの強化と蓄積された力……俺の斬撃は、間違いなく前世の漫画のラスボスである邪神エルクでさえ、一撃で倒せるものだったはずだ。
だがそれでも、球体の破壊には至らない……それでも俺は魔力を注ぐ。決戦のために溜めた力を惜しげもなく……だが、それでも届かない。
「ジャノ! もっと力を引き出さないと……!」
『わかっている。残る力を増幅させてさらに瞬間的な攻撃力を引き上げる。エルク、剣をしっかり握れ!』
次の瞬間、これまでにない力が両腕を伝い剣へ注がれた。膨大な力によって刃がさらに球体へ食い込んだが、まだ壊れない。
ここまで来ると剣が壊れないか心配だったが……幸い、そういう事態には至っていない。だがここまで費やしても破壊できない……蓄積していた力は消耗し続け、この状況を維持できる時間が少なくなっていく。
俺は声にならない声を上げながら、体に存在する魔力を練り上げ、剣へと注いでいく。それによってさらに刃は球体に食い込んだが、まだ破壊には至らない。
膨大な力の奔流が天幕内を荒れ狂う。ミーシャの結界は維持されている。周辺に被害が及ばないのは幸いだが……もし、この攻防で破壊できなければどうなるか。
俺の力に対抗できる力が球体にはある。俺の攻撃が途切れた瞬間、球体が力を暴走させてしまったら……ミーシャの結界は容易く破壊するだろう。俺自身、無事では済まないのは間違いないが、それに加えてセリスやミーシャが――
それを考えた瞬間、限界を超えるようにさらに魔力が剣へ注がれた。全てを振り絞り、ここで破壊するために……また刃が少し食い込んだ。
だが、まだ――その時、ジャノによる増幅の力がさらに加えられた。これでまた一歩。だが、それでも終わらない。
進んではいるが、これが破壊に届きうるものなのか……俺はここで不安になるなと胸の内で叫んだ。恐怖が体を包めば、現状のパフォーマンスを発揮できなくなる。そうなった瞬間、本当に終わりだ。
だがこれ以上先に進むためにはどうすれば……歯を食いしばり、絶望的な状況の中で心を奮い立たせようとした時、
『エルク』
ジャノの声がした。




