漏れ出る力
セリス達が本陣へ戻る間、俺は漆黒の球体について観察を行うが……魔力が漏れ続けるだけでそれ以外の変化はなかった。
とはいえ、魔力が出続けることで天幕内の気配が濃くなっていく……今はまだ、天幕内とその周辺くらいしか影響が出ていないだろうけど、放置すればどうなるか。ジャノの言う通り、一日二日で暴走することはなさそうだが――
「エルク」
ふいに声がした。振り向くと天幕の入口にセリスが。
「ミーシャを呼んできた」
「……連れてきて良かったのか?」
「確認しておかなければならないでしょう」
ミーシャの声。彼女はセリスの後方へとやってきて、漆黒の球体を見据えた。
「ふむ、わたくしが持っている力とは決定的に違いますわね。組織は何かしらの手段でこれを抑え込んでいた……」
「放置するわけにはいかないし、どうにか対処するほかないけど……何か案はあるか?」
問い掛けにミーシャは口元に手を当て、
「……まず、現在騎士達に付与している力を集め、この天幕周辺を隔離するための結界を構築しましょう」
「暴走しても周辺に被害を拡大させないようにする、か」
「ええ、作業そのものは一時間程度で終わります。その間、またエルクには監視してもらいますがよろしいですか?」
「ああ、問題ないよ」
「では、すぐに作業を。そこから先、どうするかは結界を張ってから改めて決めるとしましょう」
ミーシャは行動を開始する。それに合わせセリスもまた歩き始め、天幕内にまた俺一人残される。
「……結界を構築して隔離すれば、周囲に影響は出なくなるかな?」
『そこは問題ないだろう。問題は、結界がどの程度もつのかだが』
俺の言葉にジャノが反応した。
『漏れ続ける魔力は、周囲に存在する魔力をある程度壊す作用があるようだ。肉体を持っている人間ならば目に見えた影響は出ないが、結界だと話は別だろう』
「ミーシャが持つ力を集めて……ということだから、ある程度の時間維持できるとは思うが……結界の強度も問題だが、そこから先どうするかは、すぐにでも結論を出さないといけないか」
「結界がある程度もつのであれば、破壊についても選択肢に入るだろう。周辺被害に影響を及ぼさないとわかれば、やりようはある」
「そうだな……結界で球体を隔離し、そこから結界強度を確かめて……後は、セリスやミーシャと相談する形だな」
結論を述べた後、俺は無言となり――静かに、待ち続けた。
やがてミーシャは作業を終え、天幕周辺に結界が形成された。
ジャノの言う通り、漏れ出る力は結界の強度を弱める効果があるみたいだが、ミーシャの力もまた世界を滅ぼせるだけのもの。強度は弱まってしまうが、彼女が追加で魔力を補充すれば、結界そのものは維持できる。
「とはいえ、結界の維持を優先する場合は、わたくし自身は戦いに参加できません」
そうミーシャは言う……俺も天幕の外へ出て、セリスやミーシャと顔を合わせながら話し合いを行う。
「漏れ出ている力だけで、結界は少しずつ損傷しています。これを維持するには力を注いでいく必要があります」
「もし魔力を供給しない場合は、どのくらいもつ?」
「少なくとも数日は……ただし、漏れ出る魔力量が増えれば話は変わってきます」
「……そこについては検証しないと判断は難しいが、データをとるような時間はなさそうだな」
俺の言葉にミーシャは頷く。
「ええ、よって隔離された状態で破壊を試みる……が、一番の解決策でしょうか」
「例えば破壊するために攻撃して、魔力が周囲に拡散するかもしれない……ここは防げるにしても、暴走を始めたら膨大な魔力を結界で魔力を封じ込め続けることはできるのか?」
「正直、わかりません。ただ確実に言えるのは、そうした想定をする場合はすぐにでも作業を始めるのが最適解、ということだけです」
「……ミーシャの結界維持、魔力が潤沢な今がもっとも良いという話か」
「ええ」
なら……俺はセリスを見る。危険ではあるが、破壊するのであればその役目は当然自分だ。
「セリス、俺が――」
「私が限界まで強化する」
俺の言葉を遮るように、セリスは告げる。
「そこに、エルクが決戦までに得た技術を加えればあるいは……」
「それで決着がつくことを祈るしかないな……ただ、破壊できなかった場合は確実に状況は悪くなる」
俺の言葉にセリスは小さく頷く。そして、
「でも、破壊しなければ……危険であることは私も理解している。でも、だとしても帝国における組織討伐の代表者として、逃げるわけにはいかない」
「……わかった」
俺は頷く。次いでミーシャへ目を移す。
「結界を維持することだけに集中してくれ」
「あなた一人で大丈夫で破壊できますか?」
「正直、わからない……でも、これは俺にしかできないだろう。よって、全力は尽くすよ」
俺の言葉にミーシャは頷く……そして、俺達は準備を始めた。




